「書きたかったけども時間がない。ドイツ国内にもユダヤ人を匿う人達がいたんだ。フランスやオランダにもレジスタンスは大勢いた。ナチの親衛隊が泊まるホテルの支配人が、実は、連合軍のスパイだったんだよ」

 表向きはナチに忠誠を尽くすフリをしながらもユダヤの青年を店の地下室に匿う一家がいた。花梨の前世はドイツ人の少女。

 ドイツを裏切り、ユダヤ人を匿う人との交流を続けていたという。

 終戦の直前、少女は連合軍のスパイとして活躍する。

「秘密の地下室に長い間匿われているユダヤ人の若者が君の愛するテリの生まれ変わりなんだ。君は、その若者を何とかイギリスに脱出させたいと思っている。だからこそ、連合軍に協力するようになる。アイルランド系の二重スパイの女が君を追い詰めようとする。英国に強力するフリをしながらナチに情報を漏らす性悪な女だ。その他に、ナチの親衛隊や、アメリカから来たスパイなどの多様な人物が織り成す群像劇なんだよ。細やかに描くことが出来たら良かったんだけど……」

「その時代のあなたはどういう人なの?」

「フランス人のレジスタンスの一員だ。終戦後、妊娠していた君は僕と結婚する」

 それを聞いた花梨は、ハッとなって顔を上げた。

「第二次世界大戦なんて最近のことですよね。そう遠くない過去です。あたしとあなたの子孫はどこかにいるんじゃないのかな? だって、いつものパターンを辿るなら子供を宿している筈ですよ」

 正確には、ドイツ娘がユダヤ人の青年に恋をして、フランス人の夫の子として産むという事なのだが……。

「僕も色々と手を尽くして調べたよ。リーザの夫の名前はセオドール・ミラー。この夫婦の一人息子は幼い頃に亡くなっている。気付いたんだが君の子供は長生きはしない。イーリスの息子も二十歳の頃に亡くなっている。親よりも先に死んでいる。いつも、そうなんだ」

「何てこと……」

 それを聞いて花梨は落ち込んだ。

 秘密を守り通してだも産んだ子なのに、早くに亡くなるなんてあんまりだ。

「それじゃ、また来ますね」

 見舞いの帰り、花梨は、バスの中でケイの体のことを考え続けていた。久しぶりに見たケイは、かなり痩せていた。それなのに元気そうに振舞うものだから、切ないと同時に申し訳ないような気持ちになったのだ。

 現在と過去。時代を通して優しく接してくれた人へのお詫びの気持ちを込めての見舞いだった。

(あんなに衰弱している人をほうっておけないもの……)

 病院の坂道を降りるバスの中で着信音が鳴った。電源を切るのを忘れていたらしい。

 あっ……。反射的に確認する。それは輝からのメッセージだった。