「……俺みたいな奴に話しかけられたら誰でも警戒しますよね。でも、伝えておきたいのです。駅まで一緒に歩きませんか」
盗撮していた小柄な男は東大生だと言っていたが、まだ大学には合格していないという。
「あなたが被害届を出さない限りは事件にはならないと言われました。あいつ、あなたのスカートの中を撮影していた。それだけじゃない。他の女性の事も盗撮していたらしいんです」
「あの、話はそれだけなのかな? あたし、事件にするつもりはないよ」
花梨が話を打ち切ろうとすると、彼は焦ったように告げた。
「あの、俺は、少し前、コンビニの前を通り過ぎるあなたを見て叫んだことがあります。こっちを見ろよって叫んだことがあります。あなたは振り向かなかった。当たり前だよな。あの時も、先刻みたいに俺の仲間が色々と失礼ことを言ってたから、きっと怒っているだろうなあって思っていたんです。その事も謝りたくて……。俺達、男子校に通ってるから綺麗なお姉さんを見るとふざけちやうんです」
「うそっ! あれ、あなた達だったの!」
あの時、彼等は、こんな事も言っていた。
『お姉さんは彼氏いるの? まじ、脚、綺麗っス』
何にせよ、眉を顰めずにはいられない。
「俺、実は、これまで電車の中で何度もあなたを見かけました。そんな事を言うと、ストーカーみたいでキモイですよね。でも、あなた、すごく無防備だから気をつけた方がいいですよ」
その言葉に花梨は少し頬を膨らませて不服そうに上目になっていると、彼はボソッと恥しそうに言った。
「あの、良ければ、あなたの名前、教えてもらえますか?」
大河内花梨と正直に名乗ると、彼は、少し嬉しそうに名前を呟いて頬を緩めた。
「へーえ、花梨ちゃんか……。可愛いな」
急にくだけたように笑ったものだから、不意を突かれてドキッとなる。
「あのね、あたし、君より年上なんだよ。二十歳だよ。こう見えて大学ニ年なんだよ」
「分かってます。私立鈴蘭女子大の生徒ですよね。その中でも、特にあなたは綺麗だから目立ってましたよ」
綺麗という言葉をサラリと呟く輝の目はとても澄んでいる。痴漢を押さえた時は男っぽかったけど、こうやって、ちょっと恥しそうに頭をかく顔が可愛い。必死になって花梨に気に入られようとしているみたいだ。
(もっと、この表情を見てみたいかも……)
キュンッ。何かが胸の中で疼いたような気がした。もしかして、これが萌えというものなのだろうか。いけない。鼓動が早くなってきた。
すると、たちまち記憶の底から粒子が立ち昇ってきたのだ。遠い昔。月明かりの中、こんなふうに耳上げたことがあったような気がする。そう感じた瞬間、足の裏からゾクゾクしたものが駆け上がっていく。
盗撮していた小柄な男は東大生だと言っていたが、まだ大学には合格していないという。
「あなたが被害届を出さない限りは事件にはならないと言われました。あいつ、あなたのスカートの中を撮影していた。それだけじゃない。他の女性の事も盗撮していたらしいんです」
「あの、話はそれだけなのかな? あたし、事件にするつもりはないよ」
花梨が話を打ち切ろうとすると、彼は焦ったように告げた。
「あの、俺は、少し前、コンビニの前を通り過ぎるあなたを見て叫んだことがあります。こっちを見ろよって叫んだことがあります。あなたは振り向かなかった。当たり前だよな。あの時も、先刻みたいに俺の仲間が色々と失礼ことを言ってたから、きっと怒っているだろうなあって思っていたんです。その事も謝りたくて……。俺達、男子校に通ってるから綺麗なお姉さんを見るとふざけちやうんです」
「うそっ! あれ、あなた達だったの!」
あの時、彼等は、こんな事も言っていた。
『お姉さんは彼氏いるの? まじ、脚、綺麗っス』
何にせよ、眉を顰めずにはいられない。
「俺、実は、これまで電車の中で何度もあなたを見かけました。そんな事を言うと、ストーカーみたいでキモイですよね。でも、あなた、すごく無防備だから気をつけた方がいいですよ」
その言葉に花梨は少し頬を膨らませて不服そうに上目になっていると、彼はボソッと恥しそうに言った。
「あの、良ければ、あなたの名前、教えてもらえますか?」
大河内花梨と正直に名乗ると、彼は、少し嬉しそうに名前を呟いて頬を緩めた。
「へーえ、花梨ちゃんか……。可愛いな」
急にくだけたように笑ったものだから、不意を突かれてドキッとなる。
「あのね、あたし、君より年上なんだよ。二十歳だよ。こう見えて大学ニ年なんだよ」
「分かってます。私立鈴蘭女子大の生徒ですよね。その中でも、特にあなたは綺麗だから目立ってましたよ」
綺麗という言葉をサラリと呟く輝の目はとても澄んでいる。痴漢を押さえた時は男っぽかったけど、こうやって、ちょっと恥しそうに頭をかく顔が可愛い。必死になって花梨に気に入られようとしているみたいだ。
(もっと、この表情を見てみたいかも……)
キュンッ。何かが胸の中で疼いたような気がした。もしかして、これが萌えというものなのだろうか。いけない。鼓動が早くなってきた。
すると、たちまち記憶の底から粒子が立ち昇ってきたのだ。遠い昔。月明かりの中、こんなふうに耳上げたことがあったような気がする。そう感じた瞬間、足の裏からゾクゾクしたものが駆け上がっていく。