『イーリス、僕の妃になってくれて嬉しいよ』
時代を超えて二人は、また、こんなふうに向き合っている。何とも不思議な関係性だ。花瓶に生けながら、花梨は前から疑問に思っていたことを問いかけていく。
「ねぇ教えて欲しいの。イーリスはひどい王妃でした。それなのに、裏切り続ける彼女を罰したりしないのはなぜなの? あなたは、裏切りに気付いたのに、どうして怒りに駆られなかったの?」
自分のことなのだが、どうしても理解できない。イーリスは何を考えて生きていたのだろう。
「王は、いや、僕はと言うべきなのかな? 何があろうとも君を失いたくなかった。いつの時代もそうなんだよ。その愛は恋愛感情とも少し違う。妹を想うようなものだった。それに、王は、いつの世も、子供を作れない身体だったんだ」
「えっ」
それは初めて聞いた……。
「現在の僕で言うと、性的な欲求を誰に対しても抱いたことがない。多分、前世でもそうだったんじゃないかと思う」
静かに語りながらも顔を歪めている。もしかしたら、癌のせいで身体のどこかか痛むのかもしれない。
「今の僕は死を待つ日々だ。君の物語を描く事が僕の贖罪だと思っている。姉が主演する劇で僕は自分が言いたいことをすべて書き込んでいるんだ。公演されたならば見てほしい。僕は、君の幸せを祈っている。本当だよ」
ケイは複雑な感じの表情を浮かべている。
「本音を言うと、過去の僕はコンプレックスに苦しんだことが何度もあったよ。でも、もう、それも終わりにしたい」
真摯な眼差しが花梨の胸に響いた。
「あたしも運命を変えたいけど、どうすればいいの?」
「僕にも分からないよ。ごめんね」
まだ二記憶が曖昧な花梨は、自分が愛したアルブに関して尋ねていた。
「アルブという若者は、なぜ、海賊になったんですか?」
過去の記憶を遡ってみても、それに関する細やかな会話は思い出せない。ケイなら知っているかもしれない。
「アルブの本当の名前は、アルフレッド。山岳部の地主がメイドに産ませた私生児だよ。幼い頃に修道院に入っている。修道士見習いとして働いていた。写本の仕事をしていたんだよ。子供の頃のアルブは羽ペンやインクを作っていた。ある時、アルブは修道院を飛び出している。アルブの性に合っていなかったんだ」
「修道院……。もしかして、そこはラテン語を習いますか?」
「ああ、もちろんだよ。修道士はラテン語を使う」
そういうことなのかと花梨は合点がいった。
「初めて、あなたが家に来た時、最後に会ったのはドイツだと言っていましたよね? その時の物語は書いていないのですか?」