元来、花梨は内気で大人しい。それでいて頑固なところがある。自分で決めたことはやりとげる性質だと自負している。それなのに、輝に関しては不安定に揺らぐことが多くなっている。会わないと決めたのに会いたくて仕方がない。身体と心が迷子になっているかのようだ。
好きになり過ぎて頭が混乱しているのかもしれない。気付いたら、こんなところに来ていた。カメラマンのチェンの個展として展示されているのは、すべてがモノクロ写真である。
『恋恋風塵』というタイトルの写真の前で花梨は立ち止まる。
遊園地の夜の写真だ。輝と花梨の唇が重なりそうな予感を切り取っている。
現実を知らせるフラッシュで不意にキスへの軌道が途切れている。
当事者である花梨の胸にも切なく刺さる一枚となっている。あの時、チェンが現れなかったらキスしていたような気がする。
(あたしは輝くんを愛している。会いたくて会いたくて仕方がないよ。胸が張り裂けそうになるよ)
でも、自分のせいで死んでしまった子犬のことを思うと怖くて会うことが出来ないのだ。花梨は写真展を見終わった後、子犬が眠っている公園に向かっていた。
しかし、そこで、それを見た瞬間あとずさりしていたのである。
「なに、これ……」
子犬が埋められていたお墓が乱雑に掘り起こされている。お墓の中は空っぽだった。掘り起こすなんて狂気じみている。犬の死体は、どこにいったのだろう。
誰が、何のために? 一体どういうことなの? 犯人はユウジじゃない。もう、ユウジは欲しいものを手に入れて満足している。それに、こういう汚い作業をするようなタイプではない。
「じゃぁ、誰が……」
目に見えない恐怖が花梨を追い詰めている。正体が分からないからこそ、よけいに不気味なのだ。何者かが花梨や輝を狙っている。
(輝くんをこんなふうに恨んでいるのは誰? それとも、恨まれているのは、あたしなの? ああ、分からない……)
ケイ、輝。花梨。あたし達は同じ時代に生まれ、そして、また出会ってしまった。
前世の記憶をいちばんハッキリと残しているのはきっとケイだ。苦しい胸のうちを誰かに打ち明けたかった。疲弊しているケイに相談するのは申し訳ないような気もするけれども、彼以外、頼る相手はいない。
花梨は暗い気持ちを一人で抱え込んでいた。何より、公園の子犬の死や謎の脅迫メッセージが衝撃的だった。輝が事務所から注意されたこと。ケイの入院。悲しいことが立て続けに起きている。それもこれも全部、自分のせいなのだ。
ケイの病室は個室だった。花束を持って訪れると、ケイは枕を背中に置いた状態で身を起こしてから微笑んだ。
「マーガレットだね。僕の好きな花だよ」
遥か昔のことなのに、彼との些細な会話がフッと花梨の胸に蘇る。王である彼は婚礼のあとでこう言ったのだ。
好きになり過ぎて頭が混乱しているのかもしれない。気付いたら、こんなところに来ていた。カメラマンのチェンの個展として展示されているのは、すべてがモノクロ写真である。
『恋恋風塵』というタイトルの写真の前で花梨は立ち止まる。
遊園地の夜の写真だ。輝と花梨の唇が重なりそうな予感を切り取っている。
現実を知らせるフラッシュで不意にキスへの軌道が途切れている。
当事者である花梨の胸にも切なく刺さる一枚となっている。あの時、チェンが現れなかったらキスしていたような気がする。
(あたしは輝くんを愛している。会いたくて会いたくて仕方がないよ。胸が張り裂けそうになるよ)
でも、自分のせいで死んでしまった子犬のことを思うと怖くて会うことが出来ないのだ。花梨は写真展を見終わった後、子犬が眠っている公園に向かっていた。
しかし、そこで、それを見た瞬間あとずさりしていたのである。
「なに、これ……」
子犬が埋められていたお墓が乱雑に掘り起こされている。お墓の中は空っぽだった。掘り起こすなんて狂気じみている。犬の死体は、どこにいったのだろう。
誰が、何のために? 一体どういうことなの? 犯人はユウジじゃない。もう、ユウジは欲しいものを手に入れて満足している。それに、こういう汚い作業をするようなタイプではない。
「じゃぁ、誰が……」
目に見えない恐怖が花梨を追い詰めている。正体が分からないからこそ、よけいに不気味なのだ。何者かが花梨や輝を狙っている。
(輝くんをこんなふうに恨んでいるのは誰? それとも、恨まれているのは、あたしなの? ああ、分からない……)
ケイ、輝。花梨。あたし達は同じ時代に生まれ、そして、また出会ってしまった。
前世の記憶をいちばんハッキリと残しているのはきっとケイだ。苦しい胸のうちを誰かに打ち明けたかった。疲弊しているケイに相談するのは申し訳ないような気もするけれども、彼以外、頼る相手はいない。
花梨は暗い気持ちを一人で抱え込んでいた。何より、公園の子犬の死や謎の脅迫メッセージが衝撃的だった。輝が事務所から注意されたこと。ケイの入院。悲しいことが立て続けに起きている。それもこれも全部、自分のせいなのだ。
ケイの病室は個室だった。花束を持って訪れると、ケイは枕を背中に置いた状態で身を起こしてから微笑んだ。
「マーガレットだね。僕の好きな花だよ」
遥か昔のことなのに、彼との些細な会話がフッと花梨の胸に蘇る。王である彼は婚礼のあとでこう言ったのだ。