過去の自分の全貌が心の中でどんどん鮮明になっていくに従って、理性がひび割れていく。あの女への憎しみが心の中で増殖している。そして、記憶の断片を集める原動力となっているのだ。マリアにとって、イーリスもエレノアも花梨も憎い相手だ。宿敵だ。
 
(本当に一体感を持てるのは娼婦のベスの方なのに、あたしは情感を込めて、あの女を演じなければ女優として評価されない……)

 これは何かの罰なのだろうか?
 
 苦しい。苦しい。苦しい! あたしを解放して! 記憶を全部、ぶっ壊してしまいたい!
 
 マリアは鏡の中の自分に向かって尋ねずにはいられなかった。

「だってそうでしょう。こんな皮肉なことってある? とんだ道化じゃないの? どうして、あの女が健気なヒロインなのよ!」

 最も憎い相手を最も可憐に見せるために、魂を込めて、あの女の気持ちになりきる努力をしなければならないのだ。

 毎日、稽古に励むことで自らの魂を傷つけている。屈辱に耐えられない。苦しくて喉が詰り身悶えしてしまう。

 吐き気を我慢した。大声で泣き出したい気持ちを必死になって堪えていた。本当は、舞台上で、あたしはベスだと叫びたい。

(こんなこと、もううんざりだわ!)

        ☆
 
 マリアは久しぶりに療養中のケイのもとに向かった。

 弟が入院してから二週間が経過している。今度こそ助からないだろう。それなのに、本人は悟ったかのように穏やかに本を読んで一日を過ごしている。

 いつ見ても落ち着いていた。広い個室のベッドから身を起こすとマリアの差し出した花束を受け取って微笑んだ。

「姉さん、疲れた顔をしているね」

「仕事が忙しいの。ケイ、この劇の結末は変えられないの? 前の銀の城と同じじゃ芸がないわ。今度は姫だけが死ぬっていうのはどうかしら。その方が可哀想でいいじゃない?」

 一度くらいは、あの女が先にくたばればいいのに。せめて、劇の中だけでも、あの女を不幸にしてやりたい。
 
 その言葉をかろうじて呑み込む。すると、ケイは、いつものように優しい声でゆっくりと告げたのだ。
 
「真実を伝えたいんだ」

 病床で半身を起こした状態で向き合っているのだが、今日のケイは体調がいいのだろう。いつもより健やかな顔で告げている。

「テリは、いつも彼女の為に死ぬ。それは姉さんも知ってるよね」

「ええ、今回もヤバイのよね。建山輝も、あの娘のせいで死ぬのよ」

 あの女が彼を不幸にする。ユウジに何と言われようと二人を強引に引き離して正解なのだ。

「いや、彼を追い詰めて死に追いやるのは、いつだって別の女性なんだ。彼を破滅させるきっかけは、いつも同じだ。姉さんの嫉妬なんだよ」

「……な、なに言っているの?」

 マリアはうろたえた。

「もう、姉さんも自分が何者なのか気付いているよね?」