大昔、イーリスを潰せなかった。その後悔が自分を大胆にさせたのかもしれない。 

(あの女、エレノアを強姦するように仕掛けたのは、あたし……。だけど、アルブは、異変に気付いて、あの女を救うために駆けつけてプルートスを殺してしまう)

 海賊アルブは、いつだってあの女に夢中だった。恋焦がれる横顔を見るたびに心が軋んだ。

 そんなマリアに対してユウジが呆れたように言う。

「しつこいようだけどさ、あんたって陰険だよね。痛々しいよね」

「あなたこそ明と仕事したくて誘いに乗ったくせに! 偉そうなこと言わないでよ!」

 ユウジは男のくせに妙にツヤツヤした唇を歪めながらフッと笑っている。

「マリア、あんたは、だーれのことも愛してないんだよね。ほーんとに可哀想な女だね。あんたは、周囲を不幸にするだけなのさ」

 言いたいことを告げてからユウジは部屋から出て行った。この時、マリアの眼の奥がカッと燃え盛ったのだ。反射多的に手鏡を床に投げつけていた。すると、すぐさま控え室にいたスタッフの女性たちが駆け寄ってくる。

「どうなさったんですか? マリア様、お怪我はありませんか?」

「あら、ごめんなさい。ちょっと手を滑らせただけよ」

 本当は、ユウジの鼻に投げつけてやりたかった。あんな奴に見下されるなんて口惜しくてたまらない……。ふと、マリアは自分の指先に視線を落とすと、せっかく綺麗に装飾されていた手の爪の飾りが割れて台無しになっていることに気付いて唇を噛みしめる。

 思い通りにならない。マリアは自分の感情を鎮めることさえも出来ないまま手こずっている。
 
 マリアは自宅に戻ってからも鬱々としていた。

『海賊の船』

 前回の『銀の城』は、エロチックな大人の雰囲気だったけれど、今度の『海賊の船』の主人公は我儘なお嬢ちゃん気質で、ざっくり言うとツンデレキャラだ。

「いやよ、さわらないで!」

 声に出して台詞を言うと身震いがした。海賊に惹かれているのに彼を突き放す。

 そうやって冷たくすることで彼を煽っている。いつもまっすぐにアルプを愛してきた自分からしてみれば、最高にうざい女だ。

(……なにさ。何をもったいぶっているの。何様のつもり? 本当は、抱かれたくてウズウズしている癖に)

 マリアは険しい顔で毒づいた。

(あたしは、この女のことを好きになれない。それなのに、自分は今度の舞台でイーリスの生まれ変わりのエレノアを演じるのね)

 きっと前回の舞台と同じことが起こる。ベスという女の魂がマリアの魂に向けて語りかけてくるのだろう。それは、魂が引き裂かれるかのような苦痛を伴う。

 どうして、弟は、あんな過去を抱えているのに達観できるのか。まったくもって理解できない。