そんなことは分かっている。別に、マリアは輝と恋人同士になろうとは考えていない。

 どういう訳か、花梨、あの娘だけは嫌なのだ。あの娘以外ならいい。花梨だけは駄目なのだ。自分が制御不能な妄執に囚われていることぐらいマリアにも分かっている。

 だが、薄っぺらなユウジなどに、この悔しさが分かってたまるもんか。

 何百年も胸を焦がされる苦しみが続いているかのようだった。最近、マリアは何度もリアルな夢を見る。イーリス王妃に嫉妬する王の妾のアランス。エレノア姫を殺してやりたいと思う娼婦ベス。

(どちらも、あたしなのよ!)

 化学繊維がジリジリ焼けるような不快なものが頭の中で広がり、黒い霧に浸食されそうになる。奇妙にねじれた不快な感覚。これは、当事者でないと理解できないものだ。

 あの女への積年の憎しみが心の中で沸き立っている。こればかりは、どうしても消し去る事などできそうにない。

 沖縄に花梨が来たことを知った時、頭の中は腐敗した醜い感情でいっぱいにななった。それを、わざわざ連絡してきたのはユウジだ。

『いいわね。ユウジ。以前から言っていたことを、今こそやるのよ』

 だから、あの日、マリアは指示したのだ。

 いつか、花梨を陥れてやろうと思っていた。ずっと機会が来るのを待っていた。今がその時だと感じた。あの娘を傷つけられると思うと高揚した。

(あたしは、あの娘を輝から引き離すためなら何だってやってやる……。引き裂いてやる)

 前世に何があったのか。舞台の練習をするようになってからは、マリアはベスの気持ちが手に取るように分かようになっている。

(あの夜もそうだったわ……)

 海賊船の中に全員がいた。真夜中の惨事だった。

 ベスは、海賊の中でも最も荒々しい赤毛のプルートスの耳元で囁いたのだ。プルートスも酒を何杯も注がれてかなり酔っていた。

(あたしは、プルートスの杯に酒を注ぎ続けたわ。酒で理性を奪うように仕向けたのよ)

 マリアの中で記憶がリアルに蘇り、かつての自分の声が頭の中で響く。

『今、アルブはキャビンで酔いつぶれて寝ているわよ。さぁ、あんな女、やっちまいな。その後、海に捨てたらいい。誰だってこう思うはずよ。あの女は自ら海に身を投げたって思うはずだよ。ねぇ、そうだろう?』

 やっちまいな。やっちまいな。

 そうすれば、あたしたちの食べ物だって一人分増える。あんただって久しぶりに女とやれるじゃないか。ねぇ、我慢することなんてないよ。自分の欲望に素直にならなきゃ。さぁ、やってしまいなよ……。

『ほら、さぁ、早く……』

 あの娘を、彼から永遠に引き離したかった。今度こそ成功させたい。過去からの声に従っただけ。

(それが運命ってものだとしたらしょうがないじゃないの。あたしは過去の自分と同じことをやっただけよ)