花梨が事務所の応接室から出て行った時、その可憐な背中を見つめだのだが、マリアの目付きは剣呑だった。苦いものを飲み込むような顔つきになっている。
 
 花梨が来ると予想していたので普段以上に派手にメイクを施していたのだが、向こうは、そもそも、容姿で張り合うつもりなどない。ムキになっているのは自分だけだと思うとムカつく。
 
(あたしの方が綺麗だわ)
 
 至近距離から見て、改めて感じたのだ。あの娘の何が良くて輝は夢中になるのだろう。
 
 これからネイルサロンへと出かけなければならない。予約時間に、行きつけのサロンに着くとユウジがいた。彼は、定期的にここで足と手の爪の手入れとネイルの施術を受けているのである。マリアは、醒めた顔つきでユウジの隣に座る。

「あら、鼻のギブスはしなくていいのかしら?」

 マリアは、馬鹿みたいに美意識の強いユウジがそんなものをつけないことは分かっていた。その上で言い放つ。

「あんたの鼻が折れていることになっているよ。ちゃんと病人のフリをしてくれなきゃ困るわよ」

「あんたは本当にイヤな女だよね」

 ユウジは、高価な香水の匂いを放ちながら、含みのある声で問いかけている。

「輝は、あんたのお気に入りなんだろ? だから、彼女に嫉妬したって訳なの?」 
 
 ユウジは眉を顰めながら、マリアという女について考えていた。マリアは何を考えているのだろう。自分がゲイというのは本当だ。しかし、ユウジが好きな相手は輝ではない。

 花梨がホテルに泊まったのは偶発的な出来事である。まさか、花梨か撮影現場に来るなんて思ってもみなかったのでユウジはマリアに報告した。

 そして、マリアに従っただけなのだ。この空間にいるのは、気心の知れたスタッフとマリアだけなのでユウジは、お姐モードに入っている。

 ユウジは、気まぐれな猫のように身体をくねらせてマリアの顔を窺うと、チェシャ猫のように笑った。
 
「まんまんと、あいつらは信じたわよ。僕はね、愛するアキラ先生と再び仕事ができたらそれでいいのよ。でもさ、輝は困るんじゃないの? あの貧乏人は金欠になっちゃうわよ。気の毒ね~」

「それなら、大学生になってもモデルをすればいいのよ。契約期間を延ばすように説得するわ」

 輝は、高校を卒業したら事務所を辞めたいと言っていたけれど、そんなことをさせるものか。マリアが輝に執着しているのを理解できないのか、ユウジは醒めた顔をしている。

「僕にはサッパリ分からないね。あんたには大金持ちの婚約者がいるじゃないか。輝は清楚な女子に夢中だ。あんたのことなんて愛したりしない。あんたが得することなんてないよ。つーか、輝を愛しているとも思えないんだよなぁ。なんか分からないけど、おっかないわ」

「うるさいわね……」