「見てのとおり、牧野高校の生徒です。怪しい者じゃありません。あなたと通学の電車が同じなんです」
 
 彼は生徒手帳を見せた。建山輝。十八歳。高校三年生。二歳も年下なのだ。
 
 彼の声は礼儀正しい。花梨の警戒心が少し緩み、彼に対する表情も軟化していた。それを察知したのか相手もと安堵したようにフアリと微笑んでいる。
 
「あの後、あいつを警察に突き出しましたよ。携帯に画像が入ってたから言い逃れ出来ませんからね」

 正直なところ、盗撮されたという実感がなかった。パンティの上にスパッツに似たガードルを履いているので、撮られても、さほど恥しいとも思わない。
 
 とにかく、この人は善意で痴漢を退治してくれている。
 
 それなのに……。花梨はソワソワしたまま彼から目を逸らしてしまう。
 
 なぜか、ここから立ち去りたいという気持ちが先走ってしまう。この男の子は花梨の中に眠る何かを刺激するからだ。
 
「あの、あたし、急いでいますから」

 電車の中で助けてくれた男の子に対して失礼な態度をとるべきではないという事は分かっている。それでも、困惑気味に、避けるようにして駆け出してしまう。
 
「ちょっと待てよ! 止まれよ! 死ぬ気かよ! 前を見ろよ! 赤だぜ! 信号、見ろよ」

 えっ。花梨は引き留められていた。

 慌てて道路を横切ろうとした花梨を羽交い絞めにしている。いきなり抱きすくめられて心臓が爆発しそうになっている。花梨はモゾモゾしたまま顔を赤らめた。
 
「わ、分かったから……。もう放してくれないかな?」

「あっ、すみません……」
 
「おーい。建山、大丈夫かぁ? おまえが、お嬢様に何やってんだ!」

 少し離れたバス停に並ぶ男子高校の生徒の一人が輝を囃し立てている。真っ黒に日焼けした金髪の男子生徒だった。輝と同じ制服を着ている。おそらく、彼の同級生なのだろう。彼はニヤニヤしている。
 
「道端で美女を襲うなよ! 嫌がられているぞぉ! 通報するぜーーーー。セクハラだぞぉ~」

「うるっせぇ! 本田! そんな訳ねーだろ!」

 キッと怒鳴り返す輝なのだが、なぜか、その耳まで赤くなっている。そして、輝は改まったように言った。

「あの、いきなり触ってすみません……。でも、あのままだと、あなたは車に轢かれていましたよ」

 彼は、出来る限り敬語で話そうとしている。言うまでもないが、この男子生徒は悪くない。

 いえ、気にしないでくださいと言うべきなのに、花梨は輝の顔に見惚れていた。

 猛禽類のように鼻筋が高い。切れ長の瞳は二重なのに一重っぽく見える。堂々としているせいなのか、高校生の制服を着ていなければ花梨は同じ歳のようにも見えただろう。

 よほど焦ったのか輝の額や鼻の頭にには汗が滲んでいた。彼は、真摯な目で語っている。