輝を前にした花梨は少し照れたような顔で言う。

「昨日は、ごめんなさい。狭かったよね?」 

「ああ、いや、それはいいけど」

 輝は、ちょっと残念そうな顔をしている。花梨は帰ってしまう。もっと一緒にいたかったけれど仕方がない。そんなことより、輝には伝えなければいけないことがあるのだ。

「あのさ、今日から、俺の部屋、他の人も使うらしいんだよ。俺との相部屋は嫌だと言って、別のホテルに泊まっていたのに、急に、ここに泊まるって言い出したんだ。だから、部屋の荷物は早くフロントに預けていた方がいいよ」

「あっ、うん、分かった。ありがとう!」

 午前十一時。誰も来ないだろうと思っていた。荷物といっても小さなカバンと帽子だけ……。それなのに帽子が見つからない。どこに置いたのだろう。花梨は、念のためにベランダに出ようとする。でも、その時、花梨はシャワーの音に気付いた。

「誰かいるの?」

 シャワー室から出てきた人を見て、花梨は悲鳴をあげそうになった。そこにユウジがいたからだ。

「何、驚いてんだよ? 驚くのはこっちだよ。ていうか、邪魔だからどけよ」

 下半身をタオルで巻いただけの格好だった。

「おまえが寝ているベッドは僕のベッドだ。本当は昨日から泊まる予定だったんだ。でも、あいつと二人でいるのが嫌で友人のペンション行ってたんだよ」
  
 でも、友人の恋人が来るのでペンションを追い出されたのだという。

 とにかく気まずい。花梨は、この状況に困り果てていた。早く、ここから立ち去ってしまいたい。 

「ねぇ、何、怖がってんのさぁ?」

 ユウジは、優雅にワインをグラスに注ぐと、おいしそうに口に含んだ。花梨に近寄ると顔を寄せて皮肉めいた声で囁いた。

「逃げなくていいよ」

 花梨の前で、パラリとタオルが崩れて落ちる。ユウジは全裸なのだ。

「なんで、そんな警戒するのかなぁ? びっくりしているのはこっちだぜ。おまえの方が怪しいぜ」

 確かに、部外者の花梨がそこにいる方がおかしい。しかし、そんな花梨の顔を見つめ続けて必要以上に身体を寄せている。

「怖いことを教えようか。僕はゲイなんだ」

「えっ……?」

 意外な台詞に、ビックリして立ち上がることも出来なかった。

 そんなバカな……。でも、追い討ちをかけるようにユウジが笑ったまま口角を歪めている。

「おい、知ってたか? 僕は輝に抱かれたくて仕方ないんだ」

 花梨の鼻先で生々しいことを言っている。髪からは生暖かい雫が零れ落ちている。しかし、それを見上げる花梨の喉が強張り言葉が出てこない。

「でもさぁ、報われそうにないんだよ。だからあいつをイジメているのさ。あいつが悲しくても耐える顔を見ると燃えるんだ。分かるだろ? そういう気持ち」

「もしかして、輝の可愛がっている犬を殺したのはあなたなの?」