あまりにも唐突に花梨が先に眠ってしまったのだ。輝は呆然としていた。
「マジかよ?」
この人は、大胆なのか無邪気なのかサッパリ分からない。背中を丸めて、スヤスヤと寝息を立てている横顔は、とてもあどけないのに、ロング丈のシャツの下からはみ出している長くて華奢な脚は、輝の心と身体を刺激する。ガラスの棺の中で眠るお姫様のようだ。
花梨は疲れていたのだろう。
顔を寄せると小さな吐息を繰り返していた。
サラサラと流れるように長い髪からは日向のように匂いがする。唇は、さくらんぼのようにプルンと艶やかだ。その口元が、あどけなく半開きになっている。呼吸をする度に、花梨の小さな胸が隆起する。
「んっ……」
花梨は夢を見ているのだろうか。微かな声で溜め息のように呟いたのだ。
「テリ……。あたしの……」
自分の名前を呼んでいる。そう思うと、すぐにでも彼女を揺り起こして抱きしめたくくなる。しかし、そんなことをする訳にもいかない。
今、彼女は安心して眠っている。全身の皮膚が、真珠の粒で覆われているかのように、その姿は神々しく見える。その聖なる姿をこのまま見ていたかった。
「これって、天国なのか地獄なのか、わかんねぇよな」
輝は苦笑する。初めて見た時は縁のないタイプだと思っていた。それなのに隣で無防備に眠っている。甘い混乱の中で彼女を追ってきた。少しでも近づきたいと思い花梨のことばかり考えてきた。
「多分、俺、ずっと前から」
自分でも何を言いたいのか分からない。とにかく、花梨は特別な存在だ。花梨といると胸が痺れる。制御できないほどに強い気持ちがこみ上げてきて泣きたくなる。
この女性には勝てないという感覚に打ちのめされる。敗北感に包まれることが心地良かった。それにしても、彼女は、いつも何を恐れているのだろう。
見えない何かに追われているような花梨を見ていると胸が軋むし、守ってあげたくなる。花梨の涙は、 より一層、輝の気持ちを惹きつけている。前にも、こんなふうに一緒に眠ったことがあるような気がするのは、なぜだろう。
イーリス……。ああ、この男の声は誰なんだ。輝の中で見知らぬ誰かの声が響いたような気がするけれど、それもこれも曖昧に掠れている。
そして、いつしか、輝も健やかな寝息を立てていたのだった。
☆
翌朝、輝は部屋にいなかった。早朝から、また、仕事があるらしい。花梨は、シャワーを浴びて食事をとると輝のいる撮影現場を遠くから見つめながらメッセージを送った。
『あたし、午後になったら帰るね。それだけ言いに来たの』
花梨は、撮影現場で邪魔にならないように様子を見つめていた。輝が、熱中症にならぬように冷えた水を飲んでいる。撮影隊全体が休憩しているようだ。すると、その合間をぬって、花梨の方へと歩み寄ってきたのだ。
「マジかよ?」
この人は、大胆なのか無邪気なのかサッパリ分からない。背中を丸めて、スヤスヤと寝息を立てている横顔は、とてもあどけないのに、ロング丈のシャツの下からはみ出している長くて華奢な脚は、輝の心と身体を刺激する。ガラスの棺の中で眠るお姫様のようだ。
花梨は疲れていたのだろう。
顔を寄せると小さな吐息を繰り返していた。
サラサラと流れるように長い髪からは日向のように匂いがする。唇は、さくらんぼのようにプルンと艶やかだ。その口元が、あどけなく半開きになっている。呼吸をする度に、花梨の小さな胸が隆起する。
「んっ……」
花梨は夢を見ているのだろうか。微かな声で溜め息のように呟いたのだ。
「テリ……。あたしの……」
自分の名前を呼んでいる。そう思うと、すぐにでも彼女を揺り起こして抱きしめたくくなる。しかし、そんなことをする訳にもいかない。
今、彼女は安心して眠っている。全身の皮膚が、真珠の粒で覆われているかのように、その姿は神々しく見える。その聖なる姿をこのまま見ていたかった。
「これって、天国なのか地獄なのか、わかんねぇよな」
輝は苦笑する。初めて見た時は縁のないタイプだと思っていた。それなのに隣で無防備に眠っている。甘い混乱の中で彼女を追ってきた。少しでも近づきたいと思い花梨のことばかり考えてきた。
「多分、俺、ずっと前から」
自分でも何を言いたいのか分からない。とにかく、花梨は特別な存在だ。花梨といると胸が痺れる。制御できないほどに強い気持ちがこみ上げてきて泣きたくなる。
この女性には勝てないという感覚に打ちのめされる。敗北感に包まれることが心地良かった。それにしても、彼女は、いつも何を恐れているのだろう。
見えない何かに追われているような花梨を見ていると胸が軋むし、守ってあげたくなる。花梨の涙は、 より一層、輝の気持ちを惹きつけている。前にも、こんなふうに一緒に眠ったことがあるような気がするのは、なぜだろう。
イーリス……。ああ、この男の声は誰なんだ。輝の中で見知らぬ誰かの声が響いたような気がするけれど、それもこれも曖昧に掠れている。
そして、いつしか、輝も健やかな寝息を立てていたのだった。
☆
翌朝、輝は部屋にいなかった。早朝から、また、仕事があるらしい。花梨は、シャワーを浴びて食事をとると輝のいる撮影現場を遠くから見つめながらメッセージを送った。
『あたし、午後になったら帰るね。それだけ言いに来たの』
花梨は、撮影現場で邪魔にならないように様子を見つめていた。輝が、熱中症にならぬように冷えた水を飲んでいる。撮影隊全体が休憩しているようだ。すると、その合間をぬって、花梨の方へと歩み寄ってきたのだ。