「人の身体って温かいのね」
花梨は、その腕におでこを寄せると、安心したように小さな吐息を吐いていた。
(イーリスは、いつもこうやってテリと一緒に眠ったのよ。砂嵐の夜も二人は天幕の中で寄り添って眠ったわ)
だから、隣にいると懐かしい気持ちになって、すぐにスッと自然に眠くなる。
あたし、覚えているわ。
(ねぇ、覚えているかしら。駱駝のミルクを煮詰めてキャラメルを作ったことがあったよね。テリは、自分の分もあたしに食べさせてくれたわ)
それに、テリはいろんなことを教えてくれた。砂漠の生き物達は夜中に活動するという。
(砂に残った細い線はトカゲが這った跡。大きな線は蛇の這った跡……。テリは、茂みの中や砂の中にいる毒蛇を捕まえて首を切り落としていたわ……)
コビトヤシの葉で籠や履物を一緒に編んだこともあった。駱駝のフンを集めて灰と砂で平たいパンを焼いて……。
そして……。
シーンと静かな星空の下。駱駝のおしっこの音を聞きながら、人でクスクスと笑い合ったこともある。
砂漠の民は一箇所に留まったりしない。移動しながら生きている。風紋は刻々と変わる。小さな粒が飛ばされて、所々、小さな谷となる。
乾季、熱風が生物達を脅かす。奇岩、砂嵐、オリックス、穀物を食い荒らす砂漠のバッタ。過酷な砂の大地を共に旅してきたのだ。ある夜、テリは言った。
『真夜中の砂漠を独りで歩くとジンが出るんだぜ。そして、それは、親切な老人のフリをして、間違った方向を指差すんだ。あっちにオアシスがあるって嘘を教える。そうして、ふらつきながら歩き続けた後、旅人と駱駝は乾いた骨になってしまう。だから、気を付けなくちゃいけないのさ』
『ジンってなぁに?』
『砂漠に潜む魔物のことだよ』
『ねぇ、それは盗賊より怖いものなの?』
『そうさ。盗賊より毒蛇より、もっともっと怖いよ。だけど、砂漠には、もっともっと怖いものがるんだぜ』
『なぁに? ひとりぼっちになっちゃうこと?』
『いや、違う。もちろん、一番怖いものは決まっているさ。どんな英雄もそれを恐れているよ。井戸が枯れることさ。これが一番怖い』
砂漠の民が恐れるのは、夜中に一人で眠る事じゃない。水がなくなることなのだ……。
(でも、あたしは、やっぱり一人になるのは嫌だわ。テリ、お願い、どこにも行かないでね)
そう呟きながら、駱駝の毛で作った敷物の上で寝息を立てていく……。
☆
「それでさぁ、バレンタインの日にオレの友達が……」
小学六年の冬のことだった。
「親友の下駄箱にチョコレートを入れた謎の人物は、実は母親だったんだぜ」
息子のことを想って、そっと入れたのだ。そんな他愛も無い話をしていた輝は、自分の目を疑った。
「えっ?」
花梨は、その腕におでこを寄せると、安心したように小さな吐息を吐いていた。
(イーリスは、いつもこうやってテリと一緒に眠ったのよ。砂嵐の夜も二人は天幕の中で寄り添って眠ったわ)
だから、隣にいると懐かしい気持ちになって、すぐにスッと自然に眠くなる。
あたし、覚えているわ。
(ねぇ、覚えているかしら。駱駝のミルクを煮詰めてキャラメルを作ったことがあったよね。テリは、自分の分もあたしに食べさせてくれたわ)
それに、テリはいろんなことを教えてくれた。砂漠の生き物達は夜中に活動するという。
(砂に残った細い線はトカゲが這った跡。大きな線は蛇の這った跡……。テリは、茂みの中や砂の中にいる毒蛇を捕まえて首を切り落としていたわ……)
コビトヤシの葉で籠や履物を一緒に編んだこともあった。駱駝のフンを集めて灰と砂で平たいパンを焼いて……。
そして……。
シーンと静かな星空の下。駱駝のおしっこの音を聞きながら、人でクスクスと笑い合ったこともある。
砂漠の民は一箇所に留まったりしない。移動しながら生きている。風紋は刻々と変わる。小さな粒が飛ばされて、所々、小さな谷となる。
乾季、熱風が生物達を脅かす。奇岩、砂嵐、オリックス、穀物を食い荒らす砂漠のバッタ。過酷な砂の大地を共に旅してきたのだ。ある夜、テリは言った。
『真夜中の砂漠を独りで歩くとジンが出るんだぜ。そして、それは、親切な老人のフリをして、間違った方向を指差すんだ。あっちにオアシスがあるって嘘を教える。そうして、ふらつきながら歩き続けた後、旅人と駱駝は乾いた骨になってしまう。だから、気を付けなくちゃいけないのさ』
『ジンってなぁに?』
『砂漠に潜む魔物のことだよ』
『ねぇ、それは盗賊より怖いものなの?』
『そうさ。盗賊より毒蛇より、もっともっと怖いよ。だけど、砂漠には、もっともっと怖いものがるんだぜ』
『なぁに? ひとりぼっちになっちゃうこと?』
『いや、違う。もちろん、一番怖いものは決まっているさ。どんな英雄もそれを恐れているよ。井戸が枯れることさ。これが一番怖い』
砂漠の民が恐れるのは、夜中に一人で眠る事じゃない。水がなくなることなのだ……。
(でも、あたしは、やっぱり一人になるのは嫌だわ。テリ、お願い、どこにも行かないでね)
そう呟きながら、駱駝の毛で作った敷物の上で寝息を立てていく……。
☆
「それでさぁ、バレンタインの日にオレの友達が……」
小学六年の冬のことだった。
「親友の下駄箱にチョコレートを入れた謎の人物は、実は母親だったんだぜ」
息子のことを想って、そっと入れたのだ。そんな他愛も無い話をしていた輝は、自分の目を疑った。
「えっ?」