けれども、好きだから傷つけたくない。どうしたらいいのか分からない。ジワジワと目の奥が熱くなる。泣きそうな顔になっていることは自分でも分かっている。輝が黙り込む花梨の頭を撫でている。

「ごめん」

 ジャグジーから出てバスローブを羽織った輝が花梨の頬をスルリと撫でる。

「俺達、はしゃいでいる場合じゃないよな。マルが死んで悲しいから、ここに来たことを、俺、忘れていた。ひとりで、犬を埋めたのか?」

「東北訛りのホームレスの人が手伝ってくれたの。でも、怖かった。あんなことする人がいることが怖かった」

「マルには可哀想なことしたな。俺のせいで死んだんだ。きっと……。オレに死体を見せる気で殺したに違いない」

 違う。それは、きっと、あたしのせいなのよ。

「マルが固く冷たくなったの。かわいそうだった」

 無垢な子犬の凄惨な死。

(あたしは、多分、一生、小さな亡骸を忘れない。何も悪い事をしていないのに殺されてしまった。どんなに怖かったことかしら)

 もしも、子犬のマルも生まれ変わって、花梨たちと巡り合っているのだとしたら、自分のせいで殺されたということになる。どうしよう……。そのことを考えると、胸がキーンと軋む。輝の胸に顔をうずめて泣いた。彼は、静かに背中をさすり続けている。輝は、左手で、ずっと花梨をなだめるように額をなぞると、静かに囁いた。

「今度、一緒に、マルのいる公園に行こう」

 そう言って、花梨の背中に両手をまわしている。すると、花梨も輝の背中に手をまわしてギュッと抱き着きながら頷いた。花梨の甘い香りを感じながら、輝は困ったように囁いている。

 輝が室内で着替えている間、花梨はシャワーを浴びたのだ。ホテルのフロントで大きめのTシャツは買っておいたので、それを身に着けると、浴室から出ると、輝が控えめな声で言った。

「あのさ、一緒に部屋で寝てもいいかな?」

 ベッドは二つある。しかも、それはくっついている。花梨がイヤだと言ったら、この人は窓の外のテラスの寝椅子で寝ようとするだろう。まだ髪が濡れている花梨はベッドの脇に寄って手招きしていた。

「うん。一緒がいい。ここで寝てお喋りしようよ」

 花梨がコクンと頷くと、安心したようにバタンと両手を広げてベッドに仰向けに倒れた。無邪気な顔で笑っている。

「よかった! 俺、ほんとは外で寝るなんてイヤだったんだー! 蚊とかイモリとかも苦手だしな」

 その言葉を聞いて、花梨はクスクスと笑い出してしまう。

 花梨は、輝の近くにいると安心する。彼の傍にいることが何よりも幸せで心地いいことを、ずっと前から知っているからだ。

(そうよ。あたしは、ずっと前から、あなたのことを知っていたわ……)

 花梨は、胎児のように身体を丸めたまま、ゆっくりと呼吸していく。すぐ隣にいる輝は、仰向けに寝転がっている。