ずっと昔、イーリスは人魚の石を海に還してあげたいと願った。そう言えば、遊園地で買ってもらったガラス玉は人魚の石と同じ色をしている。花梨は、その指輪を落とさないようにバックに入れて持ち歩いている。

(……長い歳月を経て、また出会ってしまったんだね)

 花梨は、沈み行く夕日を見つめているうちに胸が痛くなってきたのだ。

「ここは、世界中のダイバーたちが憧れる場所らしいよ」

 そうとは知らない輝はのんびりと佇んでいる。真っ白な砂浜の向こうにはコバルトブルーの美しい浅瀬の海だ。二人は浜辺の平たい岩に座った。

 ふっと、立ち上がり、輝が海へと進むと無邪気に振り返り、おいでよと手を大きく振った。白い歯が綺麗に輝いている。

「花梨ちゃん、せっかく来たのに海に入らないの?」

「それじゃぁ、あたしも脚だけ入ろうかな」

 花模様のワンピースの裾を捲りあげてから海の中に入ってみる。

「きゃっー、気持ちいい!」

 歩く度に足裏に響く砂が軋む。生暖かい塩水が足首にまとわりつく。どこか気だるい潮風。海鳥の声。すべてが奇妙に懐かしい。珊瑚礁の遠浅の海。南国特有の開放感が二人を包んでいる。

「ああー、なんか癒されるぜ! 今、俺、超、しあわせ!」

 夕日が沈む頃、輝は、砂浜に寝転がった。伸び伸びと両腕を広げて心地よさそうに目を閉じている。時刻は、七時になろうとしていた。花梨は、隣にいる彼の顔を見つめていくうちに甘やかな痛みが胸に走り、泣きたくなるような、すがりつきたくなるような、圧倒的な気持ちになる。

(こうしていると幸せだわ……。彼と一緒にいられる嬉しさが哀しみを押し出してくれる)

 そして、二人は夕飯を浜辺で食べた。ホテルの人に電話で注文したならバスケットを持ってきてくれるのだ。

 焼きたてのピザやサラダを輝はモリモリとたいらげていく。やっぱり、食べ盛りの男の子なんだなぁと感心する。花梨は、さすがに、食欲はなくて、そんな花梨の分まで食べてくれたのだ。

 食事の後はすみやかに部屋に戻った。

「うわぁ、輝くんの髪の毛が砂だらけだよ。背中も、いっぱい砂がついているよ」

「俺、頭とか顔を洗わないとマズイよな。あのさ、先にシャワーを浴びていいかな?」

 輝は、ふっとベランダを指差していた。

「俺は、あっちのジャグジー風呂に入っみるよ。花梨ちゃんは、そっちのシャワーを使えばいいよ? 鍵も、かかるから安心だろう?」

 輝は、ものすごく気を使ってくれている。花梨は、輝の見かけによらず古風なところが好きだ。信頼している。何の心配もしていなかった。花梨は、ホテルのアメニティーのひとつを手にしていた。

「あっ、そうだ、輝くん、この入浴剤、使うといい香りがするよ……。それと、石鹸も……」