そう言われても花梨にはピンと来ない。中学から私立の女子高で過ごしているせいなのか、花梨は、二十歳になっても男子生徒というものが苦手だった

 数週間前。工業高校の男子高校生がコンビニの前に固まって談笑していたのだが、その時、ジロジロと見られて不快だった。綺麗な脚をしているだとか胸が小さいだとか言いたい放題だったからだ。内心は怖くて仕方がなかった。

 そんな事を思い返していると,舞子かが雑誌を広げて、ほらねと指で示した。

「この子がモデルの輝くんだよ」

「えっ?」

 見覚えがあった。このあいだ電車の中で盗撮犯を捕まえたキリッとした顔立ちの男の子だ。ハイブランドの黒い革のジャケットムが似合っている。何というか、上品でタフな黒豹を彷彿させる。

「超、やばくない? こんなにいけてるのに彼女がいないんだって」

 なぜたろう。この男の子の顔を見ていると胸が苦しくなってザワザワしてくる。何かに足元をすくわれるような気がする。ここにいてはいけないという気持ちにさせられる。花梨は目を伏せたまま立ち上がった。

「ごめん。あたし、ちょっと疲れてるから……。午後の授業、休むね」

 すると、舞子が心配そうに目を曇らせたのだ。

「ねぇ、どうしちゃったの。花梨、最近、おかしいよ。ボーッとしてばかりだよね。何か悩みがあるなら言ってよ」

「ううん。悩みなんてないよ。ちょっと頭が痛いの」

 たどたどしく微笑み返すが、何となく嫌な予感がしている。

 最近、イーリスがテリの刺し殺す夢を繰り返し見ている。夢の中の異国のカップルの全容がはっきりとしなけれども、生々しい感覚が刻まれて押し潰されそうになっている。

 王の目を盗んで不倫をした王妃が保身の為にテリを殺めた瞬間に、返り血を浴びた。血の色が生々しかった。恐怖の記憶が花梨の脳裏を引っ掻いている。ああ、やだ、やだ……。

 出会ってはいけない。哀しい死が訪れる。そんな奇妙な恐怖に囚われていたのだった。そして、その運命の扉は、もうすでに開いていたようだ。

              □


「それじゃ、またね」

 講義が終わると舞子は部室へと向かう。いつもなら、サークルに参加するのだが、今日の花梨は帰宅しようとしていた。学校から最寄り駅までは徒歩だ。大きな通り沿いの舗道の幅は広いので歩き易かった。

 特に何も考える事もなく進んでいると、急に後ろから声がかかった。

「あの、待って下さい」

 バス停を通り過ぎた頃、脇から一人の男子高校生が駆け寄ってきた。グレーのパンツに紺のネクタイという制服姿だ。やはり、背が高い。先週、電車の中で痴漢を退治したイケメンが、逆光の中、立ちはだかるように立っている。
  
 彼は、花梨を怖がらせないように声を抑えて語り出した。