「撮影、あと一時間くらいで終わるし、終わったら、すぐ、行くから……。本当に、大丈夫か? 一人で歩けるか?」

「ここまで、一人で来たし。うん。大丈夫だよ」

 そう言ったけれど、かなり気持ちがくたびれていた。最近、不意に古い記憶が浮かび上がり、それらに翻弄されて混乱している。それに加えて今回の事件だ。身も心も消耗しており、もう限界だ。

 立ち去る直前、砂浜の向こう側を歩く輝を目で追うと、一気に視線が吸い込まれていった。野生動物のように自由で美しいライン。肩から脚にかけての骨格や、大自然に愛されているかのような顔つきが素晴らしい。

 後ろ髪を引かれるような気持ちで防風林に向かって小道を歩いていると、木陰のベンチでスタンバイしているメイク担当の女性達の噂話の声が聞えてきた。

「やっぱり、あの子って服を脱ぐと綺麗なのよね。背中の筋肉がいいわよね。躍動美があるからね。剣闘士とか欧米の労働者階級の若者を髣髴させるのよ。何かを背負ってるって感じの男っぽさがあるのよね。童顔大国の日本人としては珍しいわね」

 チーフと思われる女性は若作りをしているけれど顎は二重になっている。もしかしたら、還暦に近いベテランなのかもしれない。シャネルのサングラスをかけたまま、遠く離れた波打ち際の現場を見つめている。

 助手の女性は砂が入ったのか自分の左目に目薬をさしており、チーフらしきサングラスの女性が海を眺めたまま言う。

「あの子には服なんて必要ないのよ。服よりも身体の方が目立っちゃうわ。正直言って、洋服のモデルにはあんまり向いてない。その点、ユウジはマネキンみたいに洋服を引き立てるのよね。何しろ、中味が空っぽだから」

「ユウジって美白に命かけてるのよね、肌のお手入れとかにもウルサイけど、それだけ、プロ意識が高いってことよね」

「そうね。でも、輝くんは平気で手足に擦り傷とか作っちゃうのよ! もう、隠すのが大変なのよ。日焼けもほどぼどにしてもらわないと困るのよ」

「CGで修正が出来るからいいんじゃない?」

「それ言っちゃう? つーか、そのうちメイク崩れもCGで修正する時代が来ちゃうわよ」

「ていうか、AIが作ったモデルが広告の主流になったら、あたし達、お払い箱ね」

 お洒落精度の高そうな中年女性二人は熱く語っている。しかし、彼女達の一人が道路沿いに止められたタクシーに視線を向けて指差していた。

「あっ、ユウジだわ……」

 ビーチへと続く小道で花梨とすれ違った。

 花梨はユウジに軽く会釈したが無視された。ツンと澄ました顔で興味なさそうに通り過ぎている。

 日焼けしたくないのか、ユウジは白い日傘を刺していたのだが、彼は、だれかと電話で話しながら歪な笑みを浮かべていたのだ。