下着や靴下や化粧道を空港の売店で買う間も、飛行機の座席の中でもタクシーの中でもずっと涙ぐんでいた。気持ちだけが先走っている。島についてすぐにローカル線のバスに乗り、目的の場所で降りると、撮影スタッフのいるワゴン車が見えてきた。遠くから輝の姿を見た事で、ようやく身体の力が少し抜けてきた。

 男性用の化粧水のコマーシャルの撮影をしているらしい。ちょうど休息していたところに、青ざめた顔つきの花梨が到着したとメールが届いたので、彼は、トイレに行くと言ってそこから離れたのだ。

「どうしたの? なんでここに?」

 それが、泣き腫らした顔の花梨を見た輝の第一声だった。

「あ、あたし……」

 駐車場の前のトイレの脇。ひどく心配したような子声で彼は問いかけてきた。

「何があったのか?」

 花梨は、言葉をもつれさせながらも一気に語っていく。

「聞いて! マルが殺されたのよ。次は輝くんが……」

 花梨の瞳から涙がポロポロと無防備に溢れている。いつのまにか目と鼻の頭が真っ赤になっている。

「あ、あたし、もう、どうしたらいいか分からないよ。どうしても会いたくて、輝くんに知らせたくてここまで来たの」

 花梨が途切れ途切れに話す言葉を聞いた後、あの場に残された手書きの不気味なメモをじっと見つめながら言ったのだ。

「やべぇな。見覚えがあるよ。嫌がらせの手紙を書いてくる奴と同じ文字だ。おまえの本性を暴いてやるとか、そういうことを書いてくるような奴なんだよ。マルのことも、そいつの仕業なのかなぁ。きっとそうだろうな」

「ユウジって人がやったのかな?」

「まさかっ! ユウジは因果応報なんて言葉の意味もしらねぇよ。あいつは漢字が苦手だ……。興奮したら、巻き舌でフランス語を喋るような奴なんだよ。嫌味を書くならフランス語だよ。それに、大の犬好きだよ。絶対に、犬には手を出さない」

「じゃぁ、いったい誰がこんな恐ろしい事を?」

 二人で話し込んでいたら輝がスタッフ達から呼ばれたのだ。もう一度、撮り直したい箇所があるという。

「暑いだろう? 顔色も悪いし、少しホテルで少し休んだらどう?」

 そう言って、輝が自分の部屋の鍵を渡した。花梨は、何も考えずにここに来てしまった。今夜は、どうするか決めていない。ただ輝に会いたかったのだ。

 少しでいい。話したかった。彼の顔を一目見たら帰るつもりだった。

 しかし、輝は、あまりにも顔色が悪い花梨を見て心配していた。ピンと張り詰めた顔は、今にもパリンと壊れそうだ。
 
 物陰でしばらく花梨は彼の胸に顔をうずめて泣いた。潮風にさらされた輝の二の腕は暖かい。その体温に触れると安心する。輝は、子犬を触るように頭を撫でながらも、花梨が落ち着くまでじっと待っている。