本田くんに比べたら輝はおとなしい方なのかもしれない。本田は愛想が良かった。やがて、人通りの多い場所まで来るとお役御免という感じで花梨と別れたのである。

「んじゃ、俺は、これで! あっ、今日、俺が余計なことを喋ったことは輝には内緒ですよ!」

 ヒラヒラと、軽いノリで手を振って立ち去っている。

 花梨は、電車の中で戻ってきた指輪を見つめた。

(輝くんの友達はいい人だったな……)

 以前は、大嫌いだと思っていた男子高校の生徒の人とも話してみないと分からないものなのだ。

 花梨の兄や母は堅苦しいところがあるが、花梨自身も偏狭なところがあったのかもしれない。

 それにしても、公園にいた変質者とは誰なのだろう。姿を見せない相手のことを考えると、際限なくて、かびのように不安の色が広がる。とても怖い。

 とにかく、今は、そんなことよりも子犬と一緒に暮らすために親を説得しよう。そう思って行動に移していたのだ。

    ☆

「ママ、お願い! あたし、ママに迷惑はかけないから!」 

 野良犬を飼いたいと言うと最初はいい返事をしなかったけれども、犬の世話は全部自分がすると言い、心を込めて何度も何度もお願いしていると、花梨に甘い兄が助け舟を出してくれたのだ。

「母さん、いいじゃないか。許してやれよ」

 優秀な兄に対して母親は弱いだ。それを分かっているのか兄が取り成すように言う。

「子犬なら世話も簡単だよ。それに、母さん、ウォーキングしたいって言ってたたろう。お散歩仲間がいると楽しいよ」

「そうね。犬がいると楽しいわね」

 そういう訳で、母が犬を飼ってもいいと許可してくれたのである。

 ということで、今日は、マルを家に連れて帰るつもりで公園に来ている。犬用のキャリーケースもちゃんと用意している。

 それなのに……。いつも、いるはずの場所にマルはいなかった。その代わり、マルが寝床にしている木箱のふちに血がべっとりと付いている。

「どういうこと! どうなっているの?」

 野良犬やアライグマなどに噛まれたのかもしれない。マルは無事に生きているのだろうか。公園のあちこちを探していると、肩を優しく叩かれていた。ギクリとして振り向くと酸っぱいニオイが鼻についた。

「なぁ、そこのお嬢ちゃん。あの犬なら若い男が連れ去っていたぜ」

 公園にいた初老の男性が痛ましそうに告げている。

「ヤバイ感じの暗い顔した奴がイジメているのを見た。関わりたくなくて見て見ぬフリをしちまった」

「えっ?」

「気をつけなよ。こんな世の中だ。可哀想になぁ。犬っころは派手に蹴られてキャンキャンと鳴いていたよ」

「それ、いつのことですか!」

「昨日の深夜のことだな」

「どうして、そんなことを……」

 あんな可愛い犬を虐待して喜ぶような奴がいるなんて信じられない。