それからも、花梨は何回か公園を訪れた。そして、子犬のマルと触れ合った。おとなしくて愛らしい。花梨のあとをついて公園から出ようとするけれど、そんな時は、子犬を抱きかかえて段ボールの箱に戻すしかない。

「ごめんね。ここにいてね。明日も来るからね」

 何人かの男子高校生達がエサを与えているという。それだけではない。公園の浮浪者みたいなオジさんも子犬を可愛がっているようだ。

 花梨は、マルと触れ合う中、時折、奇妙な視線を感じることがあった。何度か振り向いて視線の主を探すけれど誰もいない。

 自意識過剰になっているのだろうか。誰かに監視されているような気がしてならない。

 いや、そんなことより、いつまでも犬を放置しておけない。夕暮れの公園で急に不安になった花梨は子犬を箱に戻しながらも決意していた。

「うちで飼おう!」

 保健所の人達に連れて行かれる前になんとかしなくちゃいけない。

 公園から立ち去ろうとした時だった。葉陰で何かが動いた。植え込みの中で、携帯特有の撮影した際の音がガシャッと鳴っている。花梨は顔を引きつらせて叫んだ。

「そこにいるのは、だれ!」

 すると、若い男の顔が数十メートル先の葉陰でちらりと見えた。けれど、その男はすぐさま立ち去っていったのだ。走って追いかけるべきなりかもしれないけれど、そんな勇気はなかった。

(今の男の人、どういうつもりよ……)

 咄嗟の事なので顔全体を見ていないが、目が合った。相手は暗い目つきをしていた。あの人が何を撮影していたのかは謎だが、深く関わってはいけない。

 日も暮れようとしている。昼間は子連れのママが顔を見せる健全な場所なのに、花梨はふっと怖くなって身震いした。すると、急に後ろから肩を叩かれたのだ。

「なぁ、これ、落し物だろ?」

 背の高い男の子にそう言われて、ビクッとした。思わず相手を突き飛ばしていた。

「や、やめてください!」

 すると、相手は目尻を下げて笑った。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺、輝と同じ陸上部の者っスよ。そんな怪しいもんじゃないよ」

 身体はゴツイが純朴な顔をしている。それでも、そう簡単に警戒心を解くことなど出来ない花梨は早口で尋ねた。

「でも、さっき、あなた、勝手に写真を撮っていたでしょ。どうして、そんなことを!」

 しかし、彼は首を振った。

「ああ、あれは俺じゃないッス」

 確かにそうだ。あいつは黒いフード付きのシャツを着ていた。この人は高校の制服を着ている。

「俺、公園のベンチでしばらく座ってジュースを飲んでいたんだよ。何か挙動不審な奴がいたな。そいつ、すれ違ったよ。暗い感じの変な奴だった」

「その人って知っている人?」

「いや、しらねーわ。二十歳ぐらいだったな。すげぇ痩せていて貧相な感じの男だったよ」