痛みにうめき声をあげて男が幼いマルスを突き飛ばしていく。その時、岩にマルスは頭を打ち付けてしまったのだ。取り返しのつかない衝撃がマルスを貫いた。鈍い音と共にグニャリと波間に崩れ落ちた。男もマルスを殺すつもりはなかった。しかし、結果的にはそれが致命傷となったのだ。

 捨て置かれたマルスは苦しそうに息を吐きながらも、一歩一歩、よろめきつつも、エレノアたちのもとに戻ろうとしていた。マルスは心の中で呟き続ける。知らせなくちゃ。お姉ちゃんに知らせなくちゃ。

『この島に、お姉ちゃんをさらおうとしている奴が来たよ……。だから、この島を早く発たなきゃいけない』

 マルスは、泣きながら逃げようとする。しかし、気を失った砂浜に顔を伏せたまま動けなくなっていた。エレノアがマルスを見つけた時、すでにマルスは死んでいた。

『どうして! どうして!』

 エレノアは、その小さな男の子を抱きかかえて泣き叫んだ。

『マル! マルーーーーーーーっ!』

 砂まみれの男の子。やわらかくて可愛らしくて健気なマルス。いつも、側にいて、エレノアを笑わせてくれた。海賊船に連れ去られてから、ずっと、この男の子は、エレノアを慕ってくれた。
 
『マル! マル……』

 エレノアは、男の子を抱きかかえて嗚咽して泣き続けていく。自分がここにいるせいでこんな事になったのだ。
 
「マル……。ごめんなさい。ごめんなさい」

 もう、取り返しがつかない。