嘘をつくしかない。本当は気になって仕方がなかった。苦しくなってしまう。これ以上好きになってはいけないのに、楽しいひとときを過ごしてしまったせいで、彼への気持ちが熱く強いものへと変わっている。恋の渦の中にいることを認めずにはいられない。
 
 この先どういう態度をとればいいのだろう。
 
 仮に、輝が他の女の子と付き合う可能性を考えると、胸がズキズキと痛む。
 
 舞子の声が大きかったせいなのだろうか? レースを終えた輝が、遠くにいる花梨達の方を見上げて、小さく手を振っている。輝は視力がいい。着実に花梨だけを見つめている。
 
 レーザー光線の如く真っ直ぐな視線を振り切るように、花梨は素早く目を逸らしていく。ドクンッと血潮が騒ぐ。花梨は、渡り廊下で頬を赤く染めていた。
 
「あの硬派の輝くんが、やだー、信じられなーーーいっ!」

 ずっと、輝がこちらを見つめているものだから、さすがに気付いたらしい。舞子が驚いたように呟いた。
 
「あらら、輝くん、花梨のことを見ているような気がするんたけど……。花梨、美人だから、一目惚れしたのかな」

 さすが舞子だ。真実を見抜いている。輝は花梨に恋している。何度も生まれ変わり、何度も恋してきたのだ。
 
 花梨は慌てて背中を向けながら思った。
 
(あたしは輝くんのことをマジで好きなんだ……。視線が合うとドキドキする。運命を感じずにはいられない)

 だからこそ不安でたまらない。色々と揺れ動いているけれど、それを人には話せない苦しさを持て余している。
 
「やだ、花梨どうしたのよ! なんで泣いているのよ!」

「な、泣いてないよ……。偏頭痛だよ。ごめん。ちょっと薬をもらいに医務室に行くね」

 咄嗟に誤魔化して立ち去った。

 好きになることも、愛されることも哀しい。輝が、こちらを見つめることに耐えられない。その視線を感じると、この世のどこでもない遠いどこかに放り投げられてしまうかのように心許なくなる。
 
 好き同士でも結ばれないことは多々あるだろう。平成の日本でも、立場の違いとか育った環境の違いのせいで両親が反対することはある。

(テリが次に生まれ変わったのは海賊のアルブだった。海賊は最下層のはみ出し者集団だ。貴族との恋愛結婚なんて、昔は、ありえなかっただろうな?)

 断片的にその景色や会話を思い出すことはあっても、まだまだ前世の全容は把握していない。でも、この人なら、きっと自分のとるべき道を示してくれるだろう。

 キバの厳しい面差しの奥にある優しさに触れたい。あの人は、イーリスとテリをいつも温かく見守っていた。彼女なら、この例えのない不安な気持ちをも受け止めてくれるような気がする。

 だって、彼女は、この令和の世界に生まれ変わっても、なお、人々の前世を指し示すことを生業にしているのだから。