王はイーリスが武官のテリに惹かれていると分かっている。でも、イーリスのこともテリのことも追い詰めようとしない。そんな王に対して焦れたようにアランスが問い詰めていく。アランスは、イーリスが嫁いだ時から、イーリスに対して意地悪だった。

『王妃は王を欺いているのですよ。なぜ。気付かないのですか?』

 アランスにはそう責められ、その一方、家臣からも王は突き上げられて苦悩する。

『王様、その政策には賛同できません』
 
 優しいが無能な王様だと家臣は侮っている。実際、陰の実力者とも言える臣下がいて、彼はアランスを推していた。イーリスを廃妃にしようという勢力が虎視眈々と狙っており、彼等がイーリスとテリを追い詰めていく。だから、イーリスは保身に走るのだ。

(生まれてくる子がテリの子だ分かると、その子は殺されるかもしれない。イーリスは色々と苦悩したのね……)

 王は、イーリスに愛されなくてもイーリスがそこにいるだけで幸せだ。王は、無力かもしれないが、誰も傷づけずに平穏に暮らしたいと考えている。

(だけど、その優しさが悲劇を招いたのかもしれない。テリをイーリスの警護の職から外すことも出来たのよ……。だけど、そうしなかったのは、きっと、王がイーリスに対して負い目のようなものを抱いていたからなんだわ)

 どうも、王は子種がなかったようなのだ。少なくとも王自身は確信していたようである。どうせ、自分の子ができないのなら、イーリスの好きにさせようと思ったのかもしれない。とはいうものの、堂々と不倫をする妻に対する眼差しが、あまりにも柔らかすぎる。

 二人の男の愛を一身に受けながら、最後に、あのような決断を下すイーリスの魂が自分にあるなんて考えたくない。

「やだーーー。輝くんがいる」
 
 と、その時。舞子の声が飛び込んできた。
 
 お昼休み、舞子と花梨は手摺にもたれてジュースを飲んでいたのだが、花梨は、いつものように自分の世界に浸っていたのだが、現実に引き戻された。
 
「ほら、あっちを見てよ」
 
 ここは大学の渡り廊下。壁かなくて日当たりがいい。
 
「あっ、花梨、ほら、あそこを見てよ! トラックを走っている子だよ。先頭の子なのよ。あれが、あたしがいつも言ってる輝くんなの!」

 学校の第五校舎の渡り廊下からは、隣の男子校の運動場がよく見える。体育の授業のようだ。
 
 誰よりも速く走る輝の姿が美しい見える。隣のグランドを見下ろしながら、舞子が一人ではしゃいでいる。
 
「花梨。どう思う? 超、カッコいいと思わない?」

「あの、ごめんなさい。そ、そういうの興味ないから……」