二十歳の女子大生の花梨にとって、これが初めてのデートだった。
同級生の中には結婚や不倫を体験している人がいるというのに、輝とのデートは中学生レベルのものである。
けれども、数週間後、事態は急変していた。
「花梨、何なのよ!」
チェンが、アート雑誌で花梨と輝のキス寸前の構図のモノクロの写真を掲載したいと連絡があった時、母が怒り出した。
「花梨! 何なの? この男の子とはどういう関係なの! あなた、お見合い相手の方に申し訳ないと思わないの! あそこで何をしてたの!」
どういう関係と言われても困ってしまう。工業高校に通っているモデルの男の子だと説明すると両親は眉をしかめていた。花梨の兄も、輝のことをあまりよく思っていないらしい。
うちの家族は、けっこう保守的で、なおかつ排他的なところがある。それとは別に、花梨自身も目立ちたくない。だから、すぐにチェンに連絡した。
「あの、夜分、すみません。大河内花梨です。お願いがあります。あたしの写真は取り消してもらませんか」
花梨はチェンに家の事情を説明した。展示を断ったのだが、情熱的なチェンは納得しなかった。
『輝くんからは了承を得ている。あれはいい写真だよ。それなら、僕が御両親を説得するよ』
チェンは何度も大きな賞をとっている。後日、チェンがアシスタントと共に自宅に来た。そして、切々と語った。
『おたくのお嬢さんにモデルになっていただきました。これは芸術作品なのです。僕の写真を見て多くの人たちが心を動かされるはずです』
チェンの人柄と実績を両親は気に入ったのだろう。チェンは、異国の王室の方達の写真を撮ったこともあるのだ。むろん、ハリウッドスターも懇意にしている。
(芸術と権威。そういう言葉に弱いんだよね。うちの親は……)
写真はどこかのギャラリーに展示される。賛成しているはずの母親か、花梨に向けてこんなふうに釘を刺した。
「花梨、お友達選びは慎重にしないと駄目よ。チェンさんはいい人かもしれないけれど、得体が知れない人とは仲良くなっては駄目よ。アドレスの交換とかしないでよ」
「それ、どういう意味?」
珍しくムキになって問い返す花梨をなだめるように兄が苦笑していた。
「母さんは、おまえが心配なんだよ。ただそれだけのことさ。なぁ、そんな事よりもケイのことはどうなったんだ? 俺は、そっちの方が気になるよ」
「……ケイさんはいい人だよ」
「だけど、あいつは長くは生きられない。気の毒だけど仕方ないな。ケイには深入りしない方がいい。だが、伯母さんの都合もあるから今後もパーティーには連れ出されるかもしれないな」
医師である兄はシビアだった。ケイに同情しながらも距離を置くように忠告している。ふと、兄が眉を寄せたまま写真を指先でつついた。そこに映っているのは輝だ。
同級生の中には結婚や不倫を体験している人がいるというのに、輝とのデートは中学生レベルのものである。
けれども、数週間後、事態は急変していた。
「花梨、何なのよ!」
チェンが、アート雑誌で花梨と輝のキス寸前の構図のモノクロの写真を掲載したいと連絡があった時、母が怒り出した。
「花梨! 何なの? この男の子とはどういう関係なの! あなた、お見合い相手の方に申し訳ないと思わないの! あそこで何をしてたの!」
どういう関係と言われても困ってしまう。工業高校に通っているモデルの男の子だと説明すると両親は眉をしかめていた。花梨の兄も、輝のことをあまりよく思っていないらしい。
うちの家族は、けっこう保守的で、なおかつ排他的なところがある。それとは別に、花梨自身も目立ちたくない。だから、すぐにチェンに連絡した。
「あの、夜分、すみません。大河内花梨です。お願いがあります。あたしの写真は取り消してもらませんか」
花梨はチェンに家の事情を説明した。展示を断ったのだが、情熱的なチェンは納得しなかった。
『輝くんからは了承を得ている。あれはいい写真だよ。それなら、僕が御両親を説得するよ』
チェンは何度も大きな賞をとっている。後日、チェンがアシスタントと共に自宅に来た。そして、切々と語った。
『おたくのお嬢さんにモデルになっていただきました。これは芸術作品なのです。僕の写真を見て多くの人たちが心を動かされるはずです』
チェンの人柄と実績を両親は気に入ったのだろう。チェンは、異国の王室の方達の写真を撮ったこともあるのだ。むろん、ハリウッドスターも懇意にしている。
(芸術と権威。そういう言葉に弱いんだよね。うちの親は……)
写真はどこかのギャラリーに展示される。賛成しているはずの母親か、花梨に向けてこんなふうに釘を刺した。
「花梨、お友達選びは慎重にしないと駄目よ。チェンさんはいい人かもしれないけれど、得体が知れない人とは仲良くなっては駄目よ。アドレスの交換とかしないでよ」
「それ、どういう意味?」
珍しくムキになって問い返す花梨をなだめるように兄が苦笑していた。
「母さんは、おまえが心配なんだよ。ただそれだけのことさ。なぁ、そんな事よりもケイのことはどうなったんだ? 俺は、そっちの方が気になるよ」
「……ケイさんはいい人だよ」
「だけど、あいつは長くは生きられない。気の毒だけど仕方ないな。ケイには深入りしない方がいい。だが、伯母さんの都合もあるから今後もパーティーには連れ出されるかもしれないな」
医師である兄はシビアだった。ケイに同情しながらも距離を置くように忠告している。ふと、兄が眉を寄せたまま写真を指先でつついた。そこに映っているのは輝だ。