幸福そうにギュッと幸せを噛み締めている。花梨の何気ない言葉に満足している様子が、なんだか可愛い。
 
「俺さぁ、人相も悪いだろう? 気を付けないと駄目なんだ。ガン飛ばしているみたいになる。怖い人だと誤解されてたまに落ち込むんだよ」

「見た目は、ちょっとだけ怖そうに見えるね」

 簡単に人を寄せ付けないような硬質な雰囲気がある。

「でもね、輝くんって真面目だし正義感や責任感のある人だと思う。いい人だと思うよ」

「ありがとう。ちょっと待ってて」

 そう言うと、輝が屋台の方へと歩き出した。綿菓子を買っているようだ。

「はい、どうぞ」

 輝が、少しはにかんだような顔で大きな綿菓子を差し出している。花梨は、ピンク色のフアフアした側面に唇を寄せると、ぱくりと柔らかな甘味を堪能した。

 そっと舌先で絡め取って目尻を下げながら呟く。

「うわっ、あっまーい! 美味しい」

 心の輪郭をまろやかに溶かし込むかのようだ。甘くてフアフア。ほんわりと優しい色と形にほだされていく。

「よし、俺も食べるぞ」

 買ったのは花梨が手にしている一個しかない。高身長の輝が、花梨に合わせて腰をかがめると、同じように綿菓子に顔を寄せてバフバフと噛り付いている。夜の遊園地。牧歌的な音楽が流れる中、二人は、華やかな光を背景にして、少しずつ、ゆっくりと綿菓子の縁を削り取っていく。花梨も予測している。綿菓子がもう少し溶けたなら、お互いの唇が触れてしまいそうになるだろう。

 どうしても抗えない。強い磁力のようなものに引き寄せられている。

 何も言わなくてもお互いの鼓動を感じていた。自然と花梨の気持ちが汗ばんできた。

 イーリス……。君を愛してる。そんな声が聞こえてくるような気がして、身体の奥がジワッと熱くなってくる。

 夜の風が花梨の前髪を曖昧に揺らしている。甘い感情が煙り、時間の狭間で浮遊しているかのようだ。我を忘れて陶然としていると、その瞬間、カメラのシャッター音が聞こえた。

 フラシッシュに照らされてハッとなる。気に現実へと引き戻され、その方向を見つめると、傍らにカメラを構えている人がいた。

「ごめんねー。僕だよ。チェンだよー」

 愛嬌のある笑顔のままフアッと近付いてくる。黒縁の丸いフレームの眼鏡をかけているのはカメラマンのチェンだ。三十七歳なのだが、見た目は二十五歳ぐらいに見える。

 彼は、飄々とした声で語りかけてきた。

「君たちのデートの邪魔をしてごめんね。でも、あんまりにも二人が綺麗だったから撮ってしまった。とても、ファンタスティックだったよ」

 チェンは、個展を開くために恋人たちを撮影しているという。いつも持ち歩いているのか現像したB5サイズの写真を何枚か見せてくれた。すべてがモノクロ作品なので時間軸を超越しているように見える。