ワンワンッ。何だろう。元気よく犬が吼えている。少しずつ音が拡張して周囲が騒がしくなっている。あはは。あはは。ママ、ママ。これ見てよ。子供達がキャキャッと無邪気にはしゃいでいる。
 
 花梨は、フッと目覚めていた。仰向けの姿勢だったので、真っ先に空が目に映った。
 
 視界が定まるまでは、心と身体が浮遊しているような感覚が続いていたのだが、浜辺にいると気付いてしまった。どうやら、ボートの中でうたた寝をしていたようだ。
 
「……えっ」

 眠りから覚めた花梨は、半身を起こしてすぐに頭を振る。背中や髪に小さな砂粒がこびりついていた。ジャリッとした感覚がうっとおしい。

「うそ!」

 こんな場所で昼寝をするつもりなんてこれっぽっちもなかったのに……。
 
 夕方の四時五分。
 
(自分でも、ビックリだわ。こんなところで半時間も寝てたなんて……)
 
 夢の大部分は、もう思い出せないけれども悲しい気持ちの余韻は残っている。眠りの中、濃密な時が流れたような気がする。気だるさを残したまま声に出して呟いた。
 
「二度目はエレノアに生まれ変わって、やっぱり、彼を死に向かわせるのね……」

 不思議でならない。なぜ、イーリスは学習しないのだろう。

 もしかしたら、今の花梨のように前世の出来事を知らされていなかったのかもしれない。それなら仕方ない。

「あたしは、同じことを繰り返しちゃいけない……」

 頭がぼんやりしている。花梨は大きな欠伸をしながボードから出た後、砂浜に降り立った。

 夕焼け色の海に視線を向けると、その時、不意に何かが鳴り出した。どうやら、ボートの中に誰かのスマホがあるらしい。

 えっ? トルコ行進曲? 誰のスマホなのか分からないものを前にして混乱していた。とりあえず、スマホを恐る恐る握り締めてみる。

「もしもし……」

 落し物なのだろう。届けてあげたいと思い通話してみると、相手が丁寧な口調で語り出したのだ。

「すみません。それ、俺のスマホなんです。スマホを捜していて……。えっと、なんていうか、どこで落としたのかも覚えてなくて……」

 聞き覚えがあった。一瞬で建山輝だと気付く。

「もしもし、輝くん! あたし、花梨だよ」

 状況を説明すると、その数分後、輝が慌ててこちらにやってきたのだが……。

「花梨ちゃん、ここで何をしてたの?」

「えーっと、ここでボーッとしてたの。そしたら、うっかり眠っていたの。そしたら、変な夢を見たわ」

 あなたの前世を見ていると伝えたいけれど、それは出来ない。代わりに、こんなふうに問いかけていく。

「あのさ、前世とか、そういう感じの夢を見ることはある?」