自宅から大学までは車でだと四十分ぐらいかかる。 今日の花梨は荷物が多いので送ってくれると知って助かった。しばらくすると目的地の大学ある住宅街へと近付いていた。お互い、黙ったまま過ごしていると、兄が驚いたように目を見開いたのだ。

「えっ、嘘だろう! ケイだ……。相変わらず細いな」

 華奢な青年が十メーートルほど先の横断歩道を歩いている。先頭出信号待ちする花梨の兄の視線は青年に釘付けだ。

 その人は、男にしては少し長めの茶色のサラサラの髪だった。しなやかに風になびいている様子が女性的で優美な雰囲気であると同時に、何とも幻想的に見える。

「おまえ、覚えているか。あいつ、ケイだよ。昔、一度だけ家に来ただろう」

 ビクッン。花梨の喉元が上擦った。もちろん、あの日の事を鮮明に覚えている。あんなの忘れられる訳がない……。

 八年前。ケイは高校三年生。花梨は小学六年生になったばかりだった。あれは春の終わり。風邪で休んだ兄のもとに学校のプリントを届けに来たのだ。高熱を出して二階で眠っている兄の代わりに花梨が対応したのだが、いきなり、奇妙な事を言われたのである。

「イーリス、久しぶりだね……」

 初対面の相手にそう言われた花梨は玄関マットの上で固まった。意味が分からない。しかし、相手の顔からは悦びのようなものがこぼれ落ちている。
 
「こないだ、君の兄さんから家族写真を見せてもらったよ。君が、捜し求めていたイーリスだとすぐに分かったよ」

 イーリス? 奇妙な言動に戸惑いながらも気になった。

「あっ、そうか。まだ、前世の記憶が目覚めてないんだね。それなら、こんなことを言われて戸惑うのも無理はないね」

 彼は、苦笑しながらプリントを手渡した。すると、フアッと意識が遠くなるような感覚になり、頭の中で微粒子のようなものが炸裂したのだ。

『この子は、あなたの子供ですわ。私は、あなただけを愛しています。どうか信じて下さいませ』

 今の声は何? 神妙な顔つきになってケイを見つめ返すと優しい顔で囁いた。

「よく聞いて欲しい。僕等は輪廻転生を繰り返しているんだよ」

「はぁ?」

 整った顔をしているけれど、この人は頭がおかしいのかもしれない。だから、身構え、怯えたように後ずさると、彼は労わるように微笑んだのだった。

「ああっ、そうだね。いきなり、変なことを言ってごめんね。もしも、前世を思い出したなら僕のところに来て欲しいんだ」

「前世?」

 訳の分からない会話に翻弄されていると、買い物に出ていた母親が戻ってきたのでホッとした。後の事は母に任せて花梨は自室に逃げ込んだのだ。あれから、ケイとは会っていない。