「そんなふうに謝る必要性なんかないよ。僕は君に恨まれても仕方ないんだ」

「どうしてですか?」

「だって、僕さえいなければ、君たちは離れ離れにならなくて済んだんだよ」

 ケイはふと歩くのを止めてベンチに座った。

(平気そうにしているけれど、この人は疲れてるみたい)

 ここからは輝もマリアも見えない。撮影スタッフはもちろん誰もいない。

「ユウジには気をつけておくべきだ。ユウジは既に輝くんを疎ましく思っている」
       
 ユウジに気を付けろと言われても困る。輝は、前世のことなんて何も分からないので危険な目にあわないように忠告することも出来やしない。

(どうしたらいいの?)

 三連休の最後の一日。今日もホテルに滞在することになっていた。
 
 しかし、伯母に連れてこられただけの花梨には何の予定もない。
 
 一方、ケイは、劇の原作者として姉と共に午後からホテルのロビーで取材を受けるという。今朝、輝の撮影を見学した後、花梨は、ケイに誘われて近くの水族館に向かった。そこで、ランチを食べてからホテルに戻ったのだ。ホテルの部屋にノートパソコンを持参していたので、大学のレポートを書いた。それで、疲れたので、午後、海岸で散歩しようと思い立ったのだ。
 
 五月上旬の海は静かだった。波が穏やかなのでサーファーが訪れることもない。
 
 寄せては返す波。太古の昔から海の形は変わらない。
 
 それにしても、どうして、昨夜、彼は、あんなところで寝ていたのだろう。今朝、輝の撮影を見学した後、花梨は、ケイに誘われて近くの水族館に向かい、そこで、ランチを食べてからホテルに戻ったのだ。ホテルの部屋にノートパソコンを持参していたので、大学のレポートを書いた。そうこうしているうちに疲れてきたので、午後、海岸を散歩しようと思い立ったのだが、ふと、輝が寝転がっていたボートを見つけた。 

「もしかして、星空でも見上げていたのかな」

 花梨は輝が眠っていた粗末なボートの中を覗き込んでみることにする。

 試しに実際に寝転んでみたが背中が痛い。網みたいなものが転がっている。砂利の粒が皮膚にこすれるの感触がちょっと不愉快だったが、ハンドバッグを枕にすると安定してきた。

 綺麗な空。ずっと昔も、あんなふうに雲が広がっていたのかもしれない。

「テリとアルブ。どっちも同じ人間なのかな?」

 船に揺られて漂流しているような心許ない気分になる。空を見上げていると宇宙の果てへと引きずり込まれそうになる。

 眠い……。とても眠い。

『わたしは、あなたなんて愛さないわ! あなたなんか愛するものですか! あなたは卑劣な海賊なのよ』

 花梨は、知らず知らずのうちに入り組んだ記憶の海のへと没入していた。