「あたしは元気です。だけど、輝君は撮影に行き詰ってるみたいですね……」

「そのようだね。ねぇ、とりあえず、何か飲まない? コーヒーとジュースがあるみたいだよ」

 花梨は朝から何も飲んでいない。何か口にした方がいいだろう。

「そうですね」

 花梨はケイと共に移動していた。ケータリングのテーブルの上に菓子や軽食が置かれている。その時、カメラマンのチェンが歓喜の声をあげたのだ。

「そう、その目つき。それだよ。それそれ! そうだよ」

 振り向くと、輝と目が合った。白人女性の背中を片手で抱き止めている。何かを追うような上目遣いの複雑な表情。モデルの女性の肩越しの輝の熱を帯びた表情にドキリとなる。

 怒っているような懇願しているような顔。あるいは怯えているようにも見える。それなのに、傲然とした荒い気性の様なものが滲み出している。その表情の焦点の先には花梨とケイがいる。

 その事を充分に理解しているケイが花梨の肩を抱きながら囁いた。

「僕は、過去に、あの表情を何度も見てきた……」

「えっ?」

 振り向こうとすると、花梨の手を握り締めて引き止めた。そっと、悪戯めいた声で囁いている。

「このまま僕らがここから去ったなら彼の撮影はうまくいくよ」

「どういう意味ですか?」

「彼が、嫉妬しているってことだよ。君を奪われたくない。そんな意志を感じさせる眼になればいいんだ。それこそがチェンの欲しいものなんだよ」

 演技出来ないのなら、本物の感情を引き出そうというのだ。

「君を愛しているからこそ生まれる表情には、圧倒的なリアリティがある。カメラマンが望むのはそれだ。胸の奥から湧き上がる一瞬を撮りたいのさ。本物の気持ちが宿った視線に、見る人はドキッとさせられるものだからね。彼は、君を愛してる」

「まさかっ……」

 まだ輝と自分の間には何も起きてない。しかし、よく考えたら、輝が花梨に好意を抱くのは当然のことなのだ。何しろ、前世では恋人同士なのだから……。

「彼ってすごくカッコいいよね。ほんと、羨ましいよ。チェンは、彼の魅力を最大限に引き出してくれるカメラマンだよ」

 遊園地の片隅てそう語るケイには悪意など一欠けらもない。

(輝の成功を祈っているのね)

 花梨は、そんなケイの気持ちを汲み取った瞬間、ズキっと胸の奥が針で刺したかのように悲しくなっていた。

(この人は、本当にとても優しい。なぜ、前世で不貞を繰り返してきた女を許せるの?)

 ほら、今だって慈しむように寄り添ってくれている。花梨は自分からケイの手を握った。そして、ポツリと漏らした。

「ごめんなさい」

「ねぇ、君は、一体、何を謝っているの?」

「だって、あたし、前世で、あなたを裏切っていますよね。何度も何度も、あなたに対してひどいことをしているんだすよ」