「違うよ。もっと、悲しげな顔をして! 君は恋する男なんだ」

 チェンは日本語を話せる。オーバーリアクションで身振り手振りを交えながら、もどかしげに熱く状況を説明している。カメラマンであり、演出家でもあるのだ。

「片思いに苦しむ男の顔をして欲しいんだよ。愛に飢えた獣の様な激しさが欲しい。手に入れたいのに、どうしても奪えない。そういう顔で相手の女の子を抱く締めないといけない……。ああ、違うよ! そうじゃない! 君は恋を知らないのかい!」

 温厚そうなチェンが何度も駄目出しをしており、その声が荒くなっている。

「あの子は正直、向いてないんだよなぁ」

 スタッフが小声で噂しているのが漏れ聴こえてくる。みんな、輝に対して困惑している。

「あの子ってさぁ、演技の基礎がないんだよね。この仕事はユウジの親友の雅夫がやる方がいいのにさぁ、マリアお嬢さんが、どうしてもって言って推してきたそうだよ。マリアお嬢様のお気に入りだからね」

「いくら、お気に入りでもね、あれじゃ困るんだよなーーー」

「ちゃんと目で感情を出して欲しいのにさ。どうにもならない」

「それに、輝の良さは、リアルな動きにあるからね。止まっている画像となると、どうしても、いまいちなんだよなぁ。なまじ身体を鍛えているから、下手するとドン臭く見えるのよね」

 これらが陰口だとは思わない。花梨にも、彼らの言いたいことがよく分かる。

 輝は、指示通りに演じようと苦心しているが空回りしている。ぎこちない顔つきでマゴマゴしている様子は滑稽に見える。精彩に欠いていた。広告のコンセプトに合わせようと演技をしているのに海賊の力強さや豪胆さが出てこない。始終、目が泳いでいる。

「彼は、モデルに向いてないみたいだよね?」

 その時、花梨の背後からフワッと声が響いた。

 驚いたように振り向くとケイが立っていた。ケイとマリアが撮影場所にやってきたのである。今日は、マリアもここで別の媒体の撮影をするという。

「姉さんはあっちにいるよ」

 マリアを入れた数人の美人モデルがメリーゴーランドの前に集まっていた。マリアはここでトラベル系の情報誌の表紙を飾るらしい。マリアは余裕たっぷりの笑みを浮かべており、むしろ、自分か照明さんに指示を飛ばすぐらいの貫禄を放っている。

 しかし、輝はそうはいかない。駄目だしされてパニックになっている。ケイは、どこか可笑しそうに輝の様子を眺めながら呟いた。

「彼、寝起きみたいな顔をしているね。いつもは、もっと目付きが鋭いのに、彼、迷子の子供みたいになってるね。君も元気のない顔をしているけど、大丈夫?」

 ケイが花梨の顔を覗き込んでいる。優しい視線に心が和みニコッと笑ってみせたが、輝がオタオタする様子を見るのは心苦しかった。