「もうすぐ五時になるよ！」

　遊園地はここから三キロ北にある。タクシーを呼びたいが、輝は財布を持っていないと言う。

「ホテルの部屋まで戻ってると間に合わないな」

　彼は、砂を払い落としながら困ったように目を細めている。花梨は、そんな彼の手を引いて笑う。

「あたしがお金を持っているよ。タクシーを飛ばせば間に合うよ！　ねぇ、一緒に行こう」

　湾岸道路沿いの県道でタクシーを呼ぶと、そのまま後部席に飛び込んだ。

　十五分後、輝の女性マネージャーが遊園地の駐車場で手招きした。は四十代後半でおっとりとした顔立ちの優しい雰囲気の人だ。ホッとしたように微笑んでいる。

「もう、ヒヤヒヤさせないで。連絡つかないから焦ったわよ！」

「すみません。携帯、ポケットに入れてなかったみたいです」

　どうやら、ギリギリ間に合ったらしい。

　そして、スタッフが群がる一角まで来るとマネージャーが前方を示した。

「輝くん、あれが海賊船よ……」

　三本マストの帆船を再現したものだった。水に浮かぶ訳でもなければ、遊具として動くものでもなかった。

　昨今の海賊ブームに合わせて、ここで映える写真を撮るために作られた物のようである。休日になると県外からコスプレーヤーが集うらしい。

　撮影現場に着くと、さっそく輝は、その場で着替えさせられていた。

　なぜ、輝が、タキシードを着たまま、ここに来たのかと不思議そうにしていたが、そんな会話もできないぐらいにスタッフは慌てている。

　メイクさんが、念入りにメイクする隣で、舞台となる海賊船の甲板に照明器具を運んだり、普段はマストに常設されている国旗を外したりという作業か行なわれている。撮影用の衣装に着替えて戻って来た輝を見た途端に、その完成度の高さに引き込まれて息を呑んだ。

　海賊というコンセプトなのだが、お馴染みの三角帽やフロックコートとサーベルといった海賊の格好をしている訳ではなかった。黒っぽい色彩の細身のスーツにストライプのシャツという、とても現代的な格好をしている。リッチな欧米の成功者の雰囲気だ。

　今日の仕事はモードな雑誌に乗せる広告だ。高級な腕時計をいかに魅力的に魅せるのかにかかっている。

　中国人の若い男がニコンのカメラを構えている。シンガポール出身のチェンは欧州でも高く評価されている。オカッパに近い髪型に黒縁の眼鏡にボーダーＴシャツ。それが、チェンのトレードマークになっている。

『海賊は愛の時間を奪い返す』

　これが、今回のキャッチコピーのようだ。正直、その意味は分からないのだが、輝は、現代の海賊という設定のようだ。

　広告代理店の人達やクライアントの人達やスタイリストの邪魔にならないように離れた場所から見守っていた。ワクワクしていた。スタッフは日本人と中国人で構成されている。