マリアと輝は同じ事務所に所属している。もしかしたら、彼等は付き合っているのかもしれない。そう感じたからこそ、花梨は輝とは距離を置きたくなったのだ。
(彼は、マリアさんのことをどう思っているかしら?)
ハイヒールを脱ぎ捨て裸足になり、着ていたものをすべて投げ捨てると熱いシャワーを浴びた。
髪をドライヤーで乾かした後、湾に沿った高台にあるホテルの窓から景色を見下ろすと、夜の海がよく見える。こうして立っていると、奇妙な懐かしさを感じてしまう。
東側に伸びた岬に立っている灯台の灯り。リトルマーメイドの世界のように美しい月明かりと漆黒の海。
波打ち際は寂しさと懐かしさが交差しているかのように感じられる。不思議だ。花梨は、ずっと前にもこんな気持ちで、海の向こうから帰ってくる恋人を待ち焦がれていたような気がする。
「……うーん。なんだろうな。この感じ」
頭がフラフラする。眠ってしまいたい。そう思った時、薄暗い海辺に向かって走る人を見つけた。ここからだと顔は見えない。だけど、花梨にはそれが誰なのか分かる。
(あれは輝君なんだわ)
なぜだろう。彼のシルエットは遠くからでも分かる。何度も何度も、あの後姿に恋してきたんだもの。
ピンと伸びた背中。独特の美しい歩き方。いつも、いつもそう。
(あたしは、あなたの背中を見ていたのよ……。そうよ。いつだって、その哀しげな後姿が好きなのよ)
花梨は欠伸をしながらベッドに横たわり、誘い込まれるかのように静かに目を閉じていたのだった。
□
波の音。熱い砂の感触。カモメが鳴いている。海辺の女達はお喋りだ。いつも声が大きい。朝から煩くて仕方ない。目覚めてすぐに窓から見つめた景色は地中海だ。朝日が差し込む部屋にいる若い女の髪は栗色だ。
『エレノア?』
黒髪の男が、じっと自分を見ていた。窓辺に佇むエレノアの腰を引き寄せると、ベッドへと連れ戻している。そうだった。自分はエレノアなのだ。
『アルブ……』
アルブの腕の中にいるエレノアは目を潤ませている。熱く彼を見つめて自分から彼の頬に指を添えて口付ける。
『教えて、あなたの本当の名前はなんて言うの?』
海賊のアルブと貴族の娘のエレノアが互いに強く見詰め合う。最初は、エレノアは彼に対して反発していたが、一緒に暮らしていくうちに心が傾いていたのだ。睦み合う際中、アルブが乾いた笑みをぼしている。
『本当の名前なんて。もう忘れた』
アルブは海賊に身を投じて以来、本当の名前を捨てていた。地中海の貧しい島にいる祖父に迷惑がかからないようにしているのだ。
海賊の隠れ家での生活。二人は、こんな生活がいつまでも続かないことを分かっている。エレノアの行方を捜す海軍艦隊が沖合いに迫っている。
(彼は、マリアさんのことをどう思っているかしら?)
ハイヒールを脱ぎ捨て裸足になり、着ていたものをすべて投げ捨てると熱いシャワーを浴びた。
髪をドライヤーで乾かした後、湾に沿った高台にあるホテルの窓から景色を見下ろすと、夜の海がよく見える。こうして立っていると、奇妙な懐かしさを感じてしまう。
東側に伸びた岬に立っている灯台の灯り。リトルマーメイドの世界のように美しい月明かりと漆黒の海。
波打ち際は寂しさと懐かしさが交差しているかのように感じられる。不思議だ。花梨は、ずっと前にもこんな気持ちで、海の向こうから帰ってくる恋人を待ち焦がれていたような気がする。
「……うーん。なんだろうな。この感じ」
頭がフラフラする。眠ってしまいたい。そう思った時、薄暗い海辺に向かって走る人を見つけた。ここからだと顔は見えない。だけど、花梨にはそれが誰なのか分かる。
(あれは輝君なんだわ)
なぜだろう。彼のシルエットは遠くからでも分かる。何度も何度も、あの後姿に恋してきたんだもの。
ピンと伸びた背中。独特の美しい歩き方。いつも、いつもそう。
(あたしは、あなたの背中を見ていたのよ……。そうよ。いつだって、その哀しげな後姿が好きなのよ)
花梨は欠伸をしながらベッドに横たわり、誘い込まれるかのように静かに目を閉じていたのだった。
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波の音。熱い砂の感触。カモメが鳴いている。海辺の女達はお喋りだ。いつも声が大きい。朝から煩くて仕方ない。目覚めてすぐに窓から見つめた景色は地中海だ。朝日が差し込む部屋にいる若い女の髪は栗色だ。
『エレノア?』
黒髪の男が、じっと自分を見ていた。窓辺に佇むエレノアの腰を引き寄せると、ベッドへと連れ戻している。そうだった。自分はエレノアなのだ。
『アルブ……』
アルブの腕の中にいるエレノアは目を潤ませている。熱く彼を見つめて自分から彼の頬に指を添えて口付ける。
『教えて、あなたの本当の名前はなんて言うの?』
海賊のアルブと貴族の娘のエレノアが互いに強く見詰め合う。最初は、エレノアは彼に対して反発していたが、一緒に暮らしていくうちに心が傾いていたのだ。睦み合う際中、アルブが乾いた笑みをぼしている。
『本当の名前なんて。もう忘れた』
アルブは海賊に身を投じて以来、本当の名前を捨てていた。地中海の貧しい島にいる祖父に迷惑がかからないようにしているのだ。
海賊の隠れ家での生活。二人は、こんな生活がいつまでも続かないことを分かっている。エレノアの行方を捜す海軍艦隊が沖合いに迫っている。