そう言って快活に笑ったのだが、彼は、わざわざ振り返り、あの娘を見つめている。
その瞬間、マリアは自尊心が焦げ付く音を初めて聞いた……。
マリアは輝を側に置きたい。でも、それは恋愛感情とはかけ離れている。この気持ちは何だろう。自分でも分からない。その日から、マリアは奇妙な胸騒ぎを抱き始めていたのである。
そして、ちょうどその頃、マリアの弟のケイに異変が起きていたのだ。
また癌が再発していた。ステージ三だと診断されていたのである。たまたま、その日、弟を乗せて総合病院へと向かっていたのだが、途中で弟が不意に声をあげたのだ。
それは、以前、輝を乗せて走った道だ。
「僕のイーリスがいる……!」
午後三時。放課後だった。長い髪の女の子は少し硬い表情で歩道を歩いていた。弟は、清楚な女子大生を凝視している。どんどん、彼女が近づいてくる。
(あれは、あの時の娘だわ……)
ハンドルを持ったまま信号待ちをしているマリアから、その娘の顔がはっきりと見える。すると、コンビニの前にいた男子高校生たちがヒューと口笛を吹いて囃し立てたのだ。
頭が悪そうな男の子達がいるのると思って視線を向けると、その中に輝が混ざっていたものだから、マリアは絶句してしまう。
彼は、仲間達との会話を止めて、足早に通り過ぎる娘の後ろ姿を目で追いかけている。あの娘に無視されて傷付いたように唇を噛み締めている。
(本当に好きなのね)
マリアがイラついていると、ケイが静かに微笑んだ。
「ラベンダー色のセットアップが似合うほっそりとした女の子がイーリスだよ。そして、ファミマの前に立っている一番背の高い高校生がテリなんだ」
はぁ? いきなり何を言い出しているのだろう。
まるで、熱に浮かされたような口ぶりだ。
「あんなに近くに彼等はいるのに、二人は運命に気付いてない。だけど、いずれ、彼等は恋人になる。愛し合うけれども傷付けてしまう。それが、イーリスの因果なんだ」
こちらは聞きたくもないのに、勝手に語っている弟の横顔を、マリアは唖然として眺め続けるしかなかった。
「僕には分かる。運命が彼等を引き寄せているんだ」
「ちょっと! 何をバカなことを言っているのよ。言っとくけど、あのイケメンは、うちの事務所のモデルなのよ」
マリアの声が震えてジワリと手と背中のが汗ばんできた。ジリジリとしたものが胸を歪めている。
「そ、そんな妙なことがあってたまるもんですか」
マリアに否定されても、ケイは真摯な声で語っている。
「姉さんには信じられないよね。だけど、魂は生まれ変わるんだよ。あの男の子は張り詰めたような顔で女の子を見ているよね。彼の頭の中は好きな女の子のことでいっぱいなんだ。雲の上にいるような気持ちで見つめている」
「ああ、もう、うるさいわね!」
その瞬間、マリアは自尊心が焦げ付く音を初めて聞いた……。
マリアは輝を側に置きたい。でも、それは恋愛感情とはかけ離れている。この気持ちは何だろう。自分でも分からない。その日から、マリアは奇妙な胸騒ぎを抱き始めていたのである。
そして、ちょうどその頃、マリアの弟のケイに異変が起きていたのだ。
また癌が再発していた。ステージ三だと診断されていたのである。たまたま、その日、弟を乗せて総合病院へと向かっていたのだが、途中で弟が不意に声をあげたのだ。
それは、以前、輝を乗せて走った道だ。
「僕のイーリスがいる……!」
午後三時。放課後だった。長い髪の女の子は少し硬い表情で歩道を歩いていた。弟は、清楚な女子大生を凝視している。どんどん、彼女が近づいてくる。
(あれは、あの時の娘だわ……)
ハンドルを持ったまま信号待ちをしているマリアから、その娘の顔がはっきりと見える。すると、コンビニの前にいた男子高校生たちがヒューと口笛を吹いて囃し立てたのだ。
頭が悪そうな男の子達がいるのると思って視線を向けると、その中に輝が混ざっていたものだから、マリアは絶句してしまう。
彼は、仲間達との会話を止めて、足早に通り過ぎる娘の後ろ姿を目で追いかけている。あの娘に無視されて傷付いたように唇を噛み締めている。
(本当に好きなのね)
マリアがイラついていると、ケイが静かに微笑んだ。
「ラベンダー色のセットアップが似合うほっそりとした女の子がイーリスだよ。そして、ファミマの前に立っている一番背の高い高校生がテリなんだ」
はぁ? いきなり何を言い出しているのだろう。
まるで、熱に浮かされたような口ぶりだ。
「あんなに近くに彼等はいるのに、二人は運命に気付いてない。だけど、いずれ、彼等は恋人になる。愛し合うけれども傷付けてしまう。それが、イーリスの因果なんだ」
こちらは聞きたくもないのに、勝手に語っている弟の横顔を、マリアは唖然として眺め続けるしかなかった。
「僕には分かる。運命が彼等を引き寄せているんだ」
「ちょっと! 何をバカなことを言っているのよ。言っとくけど、あのイケメンは、うちの事務所のモデルなのよ」
マリアの声が震えてジワリと手と背中のが汗ばんできた。ジリジリとしたものが胸を歪めている。
「そ、そんな妙なことがあってたまるもんですか」
マリアに否定されても、ケイは真摯な声で語っている。
「姉さんには信じられないよね。だけど、魂は生まれ変わるんだよ。あの男の子は張り詰めたような顔で女の子を見ているよね。彼の頭の中は好きな女の子のことでいっぱいなんだ。雲の上にいるような気持ちで見つめている」
「ああ、もう、うるさいわね!」