輝は、マリアの車を見て輝は大げさに驚いて見せるが、さほど興味がないことぐらいマリアにも分かっていた。輝には物欲というものがない。いつも同じ服を着ている。今日も野暮ったいチェック柄のシャツと安物のデニム。第一次世界大戦前のアメリカにタイムスリップしても、この服装なら違和感はないだろう。マリアは輝を観察した。

 有名モデルのアリアの隣にいても落ち着いている。恋愛にも興味が無さそうに見える。

(よほど理想が高いのか、それとも、ストライクゾーンが特殊なのかもしれないわね……)

 そんな輝の顔つきが一瞬にして変わった。運転席のマリアにも輝から滲み出る緊張感と興奮が伝わってきた。

 駅前の大通りから一本奥の道。ちょうど、車は赤信号で止まったところだった。輝は息を止め目を凝らしている。数十メートル先。女子大の門の前で誰かと電話している娘は十代後半に見える。肌が透き通るように白い。ガーリーなセットアップスーツが似合っている。華奢な手足に楚々とした佇まい。

 確かに、綺麗な子だとは思うが、あのレベルなら芸能界には吐いて捨てるほどいる。仮に、あの子が乃木坂のグループに入ったとしても、さほど注目は浴びないだろう。

 それなのに、輝は、時が止まったかのように、その娘だけを見詰め続けている。マリアは、微妙に目元を曇らせながら尋ねた。

「知り合いなの?」

「いいえ、知りません」

 驚いた事に、まるで天国のお花畑を漂っているような顔つきになっている。

「あんな綺麗な子は見たことがないな……」

 輝は、そこから目が離せなくなっていた。いつもはキリリと引き締まっている双眸が震えるように潤んでいる。恋する男の子の一途さが溢れている。

 そう感じた瞬間、 なぜか、マリアの心に苦い物が込み上げてきた。

「変だよな。初めて見た相手なのに、ずっと前から知っているような気がします。何でかな?」

 イラッとしたものがマリアの胸を引っ掻いた。何かを壊してしまいたい衝動に駆られてしまう。

(どうして、あんな娘を! あなたはいつもそうだわ。あたしを見なさいよ!)

 幻の声が頭の中で軋むように流れ、頭の中が赤黒く染まったような気した。

 胸に潜んで膿んでいたものが溢れたかのようだ。

 ふと現実世界に意識を戻したマリアは青信号だと気付かなくて、後ろからクラクションを鳴らされて唇を噛み締める。そして、平静を装う為に顎を引いてから低く呟いた。

「……ねぇ、輝くん。あなた、彼女いるの?」

「えっ? 何ですか?」

 先刻から、女の子に気をとられており、マリアの質問など聞いていなかったようだ。同じことを尋ねると、少し間を置いてから面倒くさそうに答えた。

「いえ、いません。部活とバイトに忙しいし彼女なんていないですよ。男子高校で縁がないんですよ」