嫉妬に身を焦がしたアランスはイーリスの命さえも奪おうとする。

(あたしはイーリスが憎いわ。この世から消してしまいたいわ!)  

 物語の世界に没頭して演じている途中に何度も激しい感情が湧き上がり、自分だけに聞こえる幻の声に苦しめられた。アランスと自分が重なる。脚本の内容とは違うアランスの内なる叫びに強く共鳴してしまう。

 まるで、自分が実際に体験したかのように感じられてゾッとした。不思議で仕方なかった。
 
(自分が優位に立てないなんて、滅多にないことだわ)
 
 マリアは美貌も財産も持ち合わせている。家督を継ぐのはマリア。マリアには立派な経歴のハンサムな婚約者がいる。一応。マリアは自分の人生に満足しているつもりだった。

 けれども、ある日、出会ってしまう。マリアの従兄のアキラがデザイナーが主催したファッションショーの舞台での出来事だった。アキラが叫んだ。

「ちょっと! どういうことなのよ! 雅夫ちゃんとユウジが事故って! いやーだぁ」

「高速道路玉突きで事故が起きたそうです。怪我はありませんが移動は無理です」

 代理を立てようと電話をかけまくったが、どうしても雅夫の代わりがみつからなかった。

 時間が迫る中、スタッフが慌てふためいていいると、メイクさんが気付いた。照明を手伝うバイトの男の子がいる。

「あの子はどうですか?」

 素人にしては、ずいぶんと背が高かった。多分、185センチはあるだろう。手足のラインが綺麗て若木のように伸びやかだ。大きな切れ長の目が印象的だ。

 マリア好みの魅力的な顔立ちをしている。今まで、裏方として現場をうろついていた事に気付かなかったのが不思議なぐらいだ。

「ちょっと、あなた! そこの坊や、あたしの舞台に出てちょうだいよ」

 こうして、強引に素人の裏方の男の子をショーに引っ張り出したのである。

 アキラの本名は大谷明。お姐言葉を話しているが、仕事の時は顔つきもピリッとしている。

「輝君、あなた、目をキョロキョロさせちゃ駄目じゃないの! ほら、王様のように歩くのよ。みんな、俺の金玉を舐めろって顔をしなさいよ!」

 下品な例えに周囲は苦笑するがアキラは大真面目だ。要するにデンと構えていろという事だ。

 当たり前だが、素人の建山輝はウォーキングのノウハウなど分かっていない。当時は十六歳の高校生の男の子。プロのように綺麗に歩けやしない。それなのに、いざ本場になるとライトを浴びながら悠然としていた。

「あらー、やだ! あの男の子、いいじゃないのよ!」

 アキラの傍らでマリアも興味を持った。あの少年は古代ローマの剣闘士のように凛としている。

「あなた、モデルをやるつもりはないかしら?」

 ステージを終えたマリアが声をかけると彼はきっぱりと断った。

「そういうのに興味がないんです」