しかし、花梨は部屋から飛び出した。よろめきながらギバが追いかけてきた。ギバは足が悪いらしい。杖をふりかざしている。エレベーターのボタンを押す花梨の背中に向かって告げている。

「イーリス! 今度こそ死なせてはいけないよ。テリはあんたを愛し過ぎている!」
  
 花梨は、耳を塞ぎながら雑居ビルの古めかしい階段をを駆け下りると涙をこぼしながら外へと飛び出した。

 太陽の光が花梨を射るように降り注いでいる。今日はやけに気温が高い。いつのまらか脇の下がじっとりと汗ばんでいる。

(そんなに何度も生まれ変わっていたなんて……。ああ、こんなの、全部、嘘だと思いたい……)

 砂丘を染める赤い夕日と駱駝の群れ。塩を含んで輝くキラキラとした砂の眩しさ。ラクダのダンスの鈴の音。ラクダを操るテリの得意げな顔。シャンシャン、シャララン。日に日に記憶の層が滲み出てくる。
 
(あたしはイーリスの生まれ変わりなんだわ……。もう間違いないわ)
 
 仮に、輝が運命の人なのだとしたら、これから、どうすればいいのだろう。
 
      ☆
 
 占いの館に向かって二日後は水曜日だった。
 
 花梨は電車に乗った。通学の途中、文庫本を読んでいると誰かが前に立った。ふと、視線を感じて目線上げると、彼は、吊り革を持ったまま明るく挨拶してきたのだ。制服姿の輝だった。
 
「おはよう。大河内さん」

「お、おはよう」

 花梨は、律儀に挨拶するが。輝に背を向けて別の車両に移動へと移ったのだ。チラリと振り返ると、輝は何か話したそうにしていたが、彼と接するつもりはなかった。
 
(この人がテリの生まれ変わりなのだとしたら、あたしはこの人に恋をするってこと?)
 
 そう思うと、花梨の頬が熱を帯びてくる。輝は、前世のことを覚えているようには見えない。

(あたしは、過去に彼を殺したんだもの……。親しくなってはいけない……)

 その日、色々と考えながら、いつものように家に帰ると、なぜか意外な人が花梨の帰りを待っていたのである。

「伯母さん、どうしたの? お母さんは?」

 父の姉にあたる彼女は自分のアパレル会社を持っている。このところ、経営が厳しいようで、会社の存続が危ういと聞いている。こんなところで何をしているのだろう。伯母はリビングでパソコンを広げている。

 どうやら、勝手に居座り、ここで仕事をしていたようだ。

「あら、梨香さんなら、あたしに留守番を頼んで歯医者に向かったわよ。おばさんね、花梨ちゃんに大事な話があって来たのよ。あなたに、素敵なお見合いの話があるのよ」

 お見合い?

 シャネルのスーツで姿の伯母が風呂敷から写真を出してきた。視線を落とした瞬間、声をあげそうになった。写っているのはケイだ。独特の煙るような微笑を口許に湛えている。