テリはイーリスの手を引いて夜の砂漠を駆け出していた。数日後、朝日の中、テリは久しぶりに街のざわめきを耳にした。やがて、人影がこちらに伸びてきた。それが最後の瞬間だった。
 
「おじさまっ!」

 イーリスが唐突に叫んだ。軍隊の先頭を歩く男に手を振っている。
 
 宿の前にいたのは行方不明になったイーリスを探している叔父のモートンだった。わざわざ遠征して捜索に来てくれたのだ。
 
 イーリスの声に振り向くと、すくさま駆け寄り彼女を両手で抱き上げた。数ヶ月ぶりの再会にイーリスの叔父は目に涙を浮かべている。イーリスも安心しきったように微笑んでいるが、叔父はイーリスの隣にいるテリを訝しげに見つめたのだ。
 
(ヤバイ……)

 次の瞬間、テリは逃げ出した。イーリスはテリの背中に向かって叫んだ。
 
「待ってよ、どこに行くの! テリ!」

 お頭達に知らせになくてはならない。みんな、早く逃げるんだ!
 
 そう告げようと思ったがテリは捕まえられてしまう。あいつらに何度も殴られた。答えるしかなかった。テリは巧みに嘘をつく術を知らなかったのだ。
 
 じきに、白人の軍隊に居場所をつきとめられてしまった。そして、お頭を含む全員が投獄された。
 
「裏切り者! あんたのせいだよ!」

 両手を縛られて運ばれる最中、ライラが狂ったように叫んだ。お頭はテリのことを一言も責めなかった。ほんの一瞬だけ眼が合った時、ヒゲ面の顔で優しく笑った。
 
 テリも重罰に処されるはずだった。しかし、イーリスと侍女の証言によってテリと老婆は許された。後日、仲間は、全員、生きたまま火あぶりになって死んでいる。帰るべき場所などないテリをイーリスの叔父が引き取ってくれて、彼の元で武芸に励み、彼の護衛を務めた。

「テリ、おまえの母も我らと同胞のようだ。人買いに誘拐されたのだろうな」

 その後、テリは辺境の騎士の一人として人生を終えるはずだったのだ……。

 それは、イーリスと会えなくなってから九年後のことだった。イーリスが小さな公国に嫁ぐことになった。剣の腕前を見込まれたテリはイーリスの護衛として同行をすることになり、そのまま、近衛として宮殿で勤めることになったのだ。
 
「久しぶりですね。わたしのことを覚えていますか?」
 
「イーリス様……」
 
 二人は再会してしまった。

 イーリスは精悍な若者に成長したテリの逞しい二の腕や綺麗な指先を見つめている。あれから、ずっと好きだった。でも、昔とは異なる感情がイーリスの胸に宿っている。

 そして、テリはイーリスの美しい髪が風になびく様子に呼吸するのも忘れたかのように見惚れていたのだ。

(駄目……。あなた達は、そんなふうに意識してはいけない!)

 花梨は夢を噛みしめながら訴えずにいられない。