(騙してごめんよ……)

 テリは孤児だった。娼婦だったテリの母親が亡くなると、娼館の女将が盗賊団のお頭のババに売り渡したのである。あの時、ババが五歳のテリの頭を撫でがら野太い声で言った。
 
『いい面構えだな。俺の子になれ! あとを継がせてやる』
 
 それ以来、ずっと一緒に砂漠を旅している。この盗賊団には、年増の遊び女のライラと背中の曲がった老婆がいる。この二人も仲間だ。
 
 砂漠は冷える。昼間は、刺すように太陽が照りつけるのに、夜は、こんなにも容赦なく気温が下がる。

 お頭は、馴染みの海賊から誘拐された娘を安買い入れる、そして、砂漠の奥にある都へと連れて行ってば高値で売る。

 七日目の朝、いつのまにか、イーリスの侍女の赤毛の二十歳の娘はお頭の女になっていた。侍女はイーリスの世話よりもお頭の世話をする方が楽しいらしい。

 お頭の顔は怖いが女には優しいから、侍女もコロッと態度を変えたのだろう。天幕からは艶っぽい声が聴こえてくる。

 イーリスは異国の貴族の娘だ。大切な商品だというのにイーリスはお客様として扱われることはなかった。金色の巻き毛。バラ色の頬。華奢な体つき。あどけないイーリスの衣服の裾が駱駝の糞や砂で汚れている。
 
 テリは、イーリスの口元に煮汁を与えようとした。駱駝の乳から作ったチーズを差し出すと泣きべそ顔になり首を振った。テリは低く声を潜めなから言う。
 
「おいら達のお頭の顔を見てどう思った?」

「すごく怖い顔。火傷で半分、爛れているのね」

 お頭達は奴隷だった。顔の火傷は雇い主にやられた。ある時、ついに我慢の限界が来て、雇い主を殺して逃げたのだと聞いている。以後、お頭は盗賊として砂漠を放浪している。
 
「これからどこに行くの? お城に帰りたい。ねぇ、あたしを帰して。ねぇ、お願い」

 イーリスの肩が震えている。イーリスの顔を見る度にテリの胸に痛みが走る。毎晩、二人は同じ毛布にくるまって眠りにつく。帰りたいと請われてもテリにはどうすることもできない。世話になっているお頭を裏切る訳にはいかない。

 ある日のことだった。昼寝をしているテリから宝石を盗もうとした者がいた。盗賊団の男達の夜の相手をしながら、一緒に行動しているライラが憎らしげに言った。

「ガキのあんたがそんなもの持っていても何の役にも立ちゃしないよ。あたいみたいな綺麗な女が持つべきなのさ」

「綺麗? あんたが?」

 テリは吹き出した。馬面のアバズレじゃねぇか。口に出しては言わないが、テリの言いたいことを悟ったライラが顔を真っ赤にして言い返していく。
 
「どんな女も、こんな暮らしをしていたらあたいみたいになるんだよ。あのガキも今にこうなる。ご覧よ。飯炊きや水汲みが似合う女になっているじゃないか」