怪我をしたことを機に輝はモデルを辞めていた。こんな状況なので誰からも引き止められることはなかった。今は自由の身になっている。もう少し元気になったら、輝は何らかのバイトを始めると言っている。

「俺さぁ、ケイさんのお葬式には出席できなかったんだけど、マリアさん、ずいぶん取り乱していたらしいよな」

「いつもクールなマリアさんが大声で泣いていたわ。みんな、哀しそうにしてた」

 ケイが亡くなったのは輝が刺されてから、僅か三日後のことだった。花梨は、輝に向けて説明していく。

「マリアさんは婚約を破棄したそうよ。来年海外に留学をするって言っていた。舞台女優になるために本格的に学びたいんですって」

 マリアと花梨は和解している。仲良くなった訳ではないが、ケイの葬儀で顔を合わせると、マリアは花梨を抱きしめた。

 そして、後日、色々と打ち明けてくれたのだ。

 マリアは、ケイが死んで以来、顔つきや考えが変わっていた。

「輝との契約は解除したわ。もう、今後は、あなた達とは関わる事がないでしょうね。あたしは自分の幸せを見つけることを真剣に考えているの。ケイの分まで生きるわ。あたし。本物の女優になるわ。いずれは自分で脚本も書きたいと思っているのよ」

 ずいぶんと意欲的だった。あたかも生まれ変わったかのように清々しい顔つきをしている。

 そして、ギバにも変化があった。現在は山梨のホスピスに移転している。残された命を精一杯、そこで生きると言っていた。

(イーリスを取り巻く人達の座標が変わったんだわ)

 再生。タロットカードが示したように何かが始まろうとしている。

 花梨と輝。退院の鉄次を終えるとバス停へと向かう。夏の終わりの日差しを浴びながら、花梨はしみじみとした声で呟いた。
 
「輝くんが生きていて良かったよ。あたし、もう少しで、あなたを殺してしまうところだったね」

「ああ、ナイフを抜かなくて良かった。刺したままで正解だよ。俺、何かの医療ドラマで見て知ってたんだよ」

 輝はそんなことを言いながら、バスに乗り込んでいる。
 
 そういう意味じゃない。これは繰り返されてきた運命の話なのだが……。
 
「つーか、夏休みは、あと二日しかないんだぜ。どこか遊びに行けるといいんだけどな」

 最後尾の席に進むと二人は横に並んで座ると同時に扉が閉まった。
 
「どこにだって行けるわよ。夏は何度も巡ってくるわ。楽しみだね。そうだ。明日のデートは映画館にしようよ。それなら、身体に負担もかからないよ」

 バスの車窓の向こうに広がる商店街の町並み。それらを、ぼんやりと眺めながら、輝がふっと呟いた。