すでに艦隊に取り囲まれて海賊たちは身動きできない。砲撃されてアルブの船体の側面には大きな穴が開いている。
 
 メインマストが折れた。船尾に穴が開いて水漏れしている。艦が接舷してきた。士官が乗り込み指示を出している。沈没する事を察知した海賊の多くが海に飛び込むう。
 
 海軍は海賊を一網打尽にしようと息巻いている。アルブの脚は折れたマストの下敷きになっていて動けない。アルブは破滅を覚悟している。彼はエレノアの姿を瞳で探すが、ゆく見えない。長い黒髪が彼の眼を覆っている。それを振り払う力すら残っていないのだ。
 
「アルブ!」

 エレノアはマストをどけようともがく。

 悲劇に向かって物語は滑り落ちていく。何かを覚悟したアルブがエレノアの手を取ると、微笑みながら囁いた。もう、時間がない。エレノアは、ためらうことなく従った。捕まって拷問されるアルブを見たくなかった。
 
 みんなが見ている前で、愛しているはずの男の腹を刺し殺す。そして、婚約者の王子に向かって大声で叫ぶのだった。

「アルブは死んだわ。わたしが殺しました」

 エレノアは、海賊船の旗艦の船尾甲板の右舷に立って叫ぶ。渡り板をかけて乗り込んできた海軍の艦長に向けて大きな声で訴えていく。

 エレノアは顔やドレスに返り血を浴びている

「助けて! ここにいる海賊たちを皆殺しにしてちょうだい。さぁ、今すぐに!」

 王子は、愛する姫の言う通り海賊を皆殺しにしてしまう。アルブの仲間も、銃弾を受けてに倒れた。

 海賊アルブは、エレノアに刺される瞬間、なぜか幸福そうに微笑んだ。エレノアは涙ひとつこぼすことはなく刺し殺した。その時、アルブは笑っていた。

「それでいい……。おまえは生きろ」

 それがアルブの最後の台詞。

 その後、何事もなかったかのようにエレノアは婚約者と結婚して男子を出産する。その数年後。幼い我が子と共に姫君が浜辺を散歩するのだ。

 海鳥が目の前を通過した。浜辺に打ち捨てられた漁船の舳先に止まっている。それは、エレノアが愛した男の肩にいた物真似が得意な鳥だった。
 
『アイシテル。アイシテル。アイシテル! アイシテル』

 アルブの声の真似た鳥の声音を聞きながら両手で顔を覆って嗚咽する。
 
「あたしも愛してる。わたしは、ずっとあなたの面影を探し続ける。これからも、ずっとずっと忘れないから」

 その仕草。その声。その眼差し。何もかもソックリなアルブの子供の髪をそっと撫でる。
 
『その愛は空の彼方まで叫び響く。時空を越えて嘆き続ける』

 あれは、過去の、あたしと輝の物語……。
 
 姫の子供が海賊の子供だということは観客には分かっている。だから切ない。