今、輝は死にかけている。医師は輝が助かるかどうかに関しては五分五分だと宣告している。マリアはこの恨みを花梨にぶつけずにはいられない。

        ☆

「あたしが死ぬことで運命が変わるのですね?」

 マリアの言葉が花梨の心を大きく揺さぶっている。

 考えたこともなかったけれども確かにそうかもしれない。自分さえいなければ彼が不幸になることもなかった。

 イーリスがいなければテリは仲間達と共に旅を続けていたに違いない。平凡な人生を送っていただろう。そして……。こんなふうに残酷な仕打ちを受けることもなかった。

(どうしよう。すべて、あたしのせいよ。死神を運んできたのは、他でもない。あたしなの……)
 
 ゴォー。どこからともなく風の音が聞こえてくる。これは幻聴でも何でもない。遠い昔に聞いた砂漠の砂嵐の音。ゴォーーーーーー。砂漠は変わり続ける。風が砂の形を変える。岩を削り落としていく。

 花梨は、足元から粉々に砕けて砂となって風化していくような錯覚に陥っていた。遠くで自分が泣いているかのようだ。

(今度こそ彼を救いたい。もしも、この命で償えるなら……)

 花梨は、放心したように屋上を取り囲む柵を見上げている。二メートルほどの網でグルリと囲まれている。ここは六階建てなのだ。

 ここをよじのぼってそのまま落下したなら、どんな人間も即死するに違いない。死ぬしかない。死のう。そうしなければいけない。花梨はフェンスを掴んで足をかけようとしていた。

「あなた、まさか……」

 さすがのマリアも狼狽していた。

 そのまま放っておいたなら花梨は本当にそこから飛び降りる。そう感じたマリアは、自分でも信じられない言葉を発していた。

「ねぇ、あなた、本気で死ぬ気なの?」

「苦しかった。どうしたらいいのか分からなかった。運命を変えるためなら何でもするつもりです。今、あたしが死ねば輝くんが助かるかもしれないんですね」

 花梨は、フェンスの向こう側を見詰めたまま、悲壮な顔つきで唇を噛み締めて震えている。

「誰に、どうやって償うべきなのか……。ずっと考えていました。輝くんだけじゃなくて、マリアさんやケイのことも傷つけています。ただ生きているだけで迷惑がかかっているんです。本当に申し訳ないと思っています」

「な、なによ! いい子ぶらないでよ!」

 マリアは、顔を歪めて焦ったように花梨の肩を揺さぶらずにはいられない。猛烈にムカついたのだ。

「そうやって、いい子ぶるところが嫌いなのよ! 何なのよ! あなたは悔しくないの! 運命なんてものに翻弄されて腹が立たないの!」

「運命を作るのはあたし自身です。自分に責任があるのだと思います」

 花梨はマリアの顔を見つめ返した。澄んだ目。たおやかな表情。花梨はすべてをここで終わらせたいと考えている。