マリアは興奮しながらも、うんざりしていた。前世? こんなものに振り回されているなんてあまりにも哀し過ぎる。だが、これが現実だ。運命だ。宿命なのだ。

「はい。分かっています。イーリスがテリを追い詰めているのです。何もかもあたしが悪いのです」

 ああ、この愚かな娘にも加害者としての自覚があるならば話は早い。

「さぁ、ついていらっしゃいな。誰もいない場所で、ゆっくりと話しましょう」
 
 マリアが腕を強引に掴んで屋上へと向かった。午後の日差しに照らされた屋上には誰もいなかった。花梨は罪悪感を抱いているのか、しきりに頭を下げ続けている。
 
「ごめんなさい! あたしは、輝くんと出会ってはいけなかった。あたしも輝くんを死なせたくないから遠ざけていたのに! だけど、ヘンな男が輝くんを刺したんです」

 花梨は懸命に訴える。それを聞いたマリアは怒鳴り返した。

「馬鹿ね! そんなことをしたら余計にあなたに執着して追い掛け回すのよ! いいこと、本当に忘れてもらいたいなら、あなたが、彼の前から完全に消えるべきだったのよ!」

「無理です! そんな急に引っ越すことなんて出来ない!」

「そうよね。そうでしょうよ。どうせ、あなたは誰かと結婚していても輝を誘惑して妊娠するのよ。イーリスは、そういう強欲な女なのよ!」

 マリアは、冷静な気持ちを失っている。憎い相手に対する苛立ちが膨張して今にもはちきれそうになっている。

「あたしの弟の命もそう長くはないのよ。あなたに関わった男はみんな不幸になる。来世も同じことなのよ! 永遠に続くのよ!」

「そ、そんな……」

「だから、こうしましょう。不幸の連鎖を断ち切る方法はただひとつしかないのよ」

「何ですか?」

 花梨は冬の雨に濡れた子犬のように震えている。ほっそりして臆病な顔立ち。無垢な小娘のように見えるけれど騙されてはいけない。この娘こそが不幸の元凶なのだ。

「あなたが死ねばいいのよ。そうよ。輝よりも先にあなたが死ねば運命は変わるかもしれないわ。ねぇ、あなたもそう思わない?」

「えっ?」

 さすがに殺すつもりはないが声に出してみると、それこそが最善の策の様に思えてくる。
 
 マリアの言葉に花梨は傷付いている。その萎れた顔を見るだけで、マリアの中で歓びに似た興奮が湧き上がる。

(そうよ、この子が苦しめばいいのよ! 泣き叫べばいいのよ! 悲しさに引き裂かれて、のたうちまわればいいのよ!)

 いつの世も彼に深く愛される運命。彼を死なせておきながら、図々しく生き残る。この女にこそ天罰が下るべきなのだ。

(そうよ。あたしが代わりに追い詰めてやる)

 催眠術をかけるように、ゆっくりと含みを込めて呟いていく。

「聞きなさい。あなたが死ぬことで、彼の運命が変わるかもしれないわよ」