輝が刺されてしまった。
 
 マリアも輝の運命を知っていた。それでも、他の男に刺されるというのは予想していないことだった。知らせを聞いたマリアは、慌てて病院に駆けつけようとして着替えた。ちょうど、芝居の稽古が終わったところである。
 
「どういうことなのよ! テルが暴漢に襲われたですって! 通り魔に遭ったってことなのね」

「ええ、今、手術室に運ばれました! 出血がひどいようです! 輝の御家族にも連絡しようとしたのですが、生憎、親御さんとは連絡がとれません」

 輝を担当しているマネージャーのベテラン女性は動揺している。人伝に駅で刺されたと聞かされたが、マネージャーも現場にいた訳ではないのでハラハラしている。タクシーの中でマリアはスマホを手にしたまま厳しい声で尋ねた。

「どうして、こんなことになったのよ! 犯人は誰なのよ?」

 それに対しては輝のマネージャーが答えた。

「それが、若い男のようなのですが、詳しいことはまだ分かりません。今は、警察に連行されています。一緒にいた大河内花梨さんから話を聞こうにも彼女は泣いてばかりで……。とにかく、あたしは、輝の仕事の調整をします。代理店や雑誌社の方に事情を説明してきます」

「なんてこと……。どうして……、こんなことに」

 輝は手術室にいる。花梨は事情聴取を受けているという。

(このままだと死ぬかもしれないのよ……)

 ようやく到着したけれど、病院の独特のニオイを嗅ぐと、ますます心が毛羽立ってしまう。ツカツカと病院のロビーを早足で歩きながらマリアは花梨の姿を探そうとした。こうなったのも、すべて、あの娘のせいなのだ! 殺してやりたい。こんなことになる前に、あの娘を殺すべきだった。

(いつも輝を死なせてしまう。死神はあの娘なのよ! こうなることは分かっていたじゃないのよ!)

 一時間後。

 マリアの苛立ちが頂点に達していた。面と向って花梨に怒りをぶつけてやりたくてたまらない。予想通り、花梨は手術室の前の廊下に現れたのだ。花梨は警察の事情聴取を受けた後で、ひどく疲れた顔をしている。

 マリアは花梨の前に立つと冷たく呟いた。

「あなたに話があるのよ。ちょっと来てちょうだい。手術は、まだまだ終わらないわよ」

「えっ、でも、今は……」

 煮え切らない声と情けなく八の字に下がった細い眉毛。この娘のヒロイン面にはうんざりさせられる。マリアは鬼のように怖い顔で睨みつけずにはいられない。

「こうなることは分かっていたのよ! あなたと一緒にいると輝は不幸になる。あなたは、誰よりもっていたはずよ!」

「……」

「あたしは覚えている。前世の記憶が、あたしの胸の中に生きているのよ! いつも、何かが警告していたの。イーリスの毒牙からテリを守れるのはあたしだけだったのよ!」