『イーリス……』

 テリとイーリスには守るべきものがあった。
 
『俺はどんな罰でも受ける。だけど、王妃、貴女は死んではいけない。聞いてください。あの子のことは何があっても守り通してほしい……』

 亡くなる前、彼は、イーリスに告げのだ。二人の子供は二歳になっていた。目元がテリにソックリだった。
 
 不貞を疑われたテリは地下牢に拘束されていたのだ。明日も明後日も、テリを捕らえた宰相が執拗に拷問するに違いない。王子が王の子でないと知ったなら家臣の者たちは王子を殺すことになるだろう。
 
『イーリス、もしもの場合、あなたの手ですべてを終わらせて欲しい。この秘密を誰にも知られてはいけないんだ。子供には罪はない。この罪は俺が背負う』

 あの日、イーリスは、最悪の事態を回避する為に彼を刺し殺すようにと頼まれたのだ。
 
『俺は愛してはいけない人を愛してしまった。王を裏切った。こうなったのは誰のせいでもない、自分のせいだ』

 アランスの一味はイーリスを亡き者にしようとしている。そうはさせるものか。
 
 俺を殺せ。愛しているなら殺せ。決して、泣くな! さぁ、憎んでいるような顔をして無情に殺せ。殺してくれ……。そうすれば、あいつらの目論みは阻止できる。
 
 殺すことが彼を最も愛すること。イーリスと子供が生き残るには、もう、その選択肢しかなかった。彼は、イーリスの手によって殺されることを何よりも強く望んだ。それ以外の結末などないことも分かっていた。
 
『イーリス』

 殺される瞬間、彼は彼女の耳元で小さく囁いていた。それは彼が望んだ結末だった。刺された彼は、満足そうに告げたのだ。
 
『それでいい……』

 グオーっと花吹雪のように過去の悲しみが吹き荒れている。

 花梨は恐怖のあまり、叫ぶ事すらできなかった。声が喉の奥で凍り付いている。同じ感触。同じ結末。過去と現在が頭の中でぶつかりあって運命が軋み合い、悲痛な音を奏でている。
 
 担架を持った隊員たちがやってくると、輝を乗せて運び出していったのだが、花梨は、その場から動けなくなっていた。担架が花梨から離れようとしている。
 
「イーリス、愛してる……」

 気絶するようにして目を閉じながら、彼はそう呟いたのだった。