(もしかしたら、お兄ちゃんかもしれない)

 交際を反対されて輝がカッとなってお兄ちゃんを殴るのかもしれない。そして、打ち所が悪くて死んだとしてもおかしくない。

(もしもそんなことになったら、あたしは堪えられない!)

 何が起きてもおかしくない。複雑に絡まった糸が思わぬ悲劇を呼び起こすのだ。そう思うと夜も眠れなくなる。

(兄は輝くんを軽蔑しているわ)

 輝と会って話している現場を見たならば、その瞬間、兄は、きっと自分達の間に割って入ってくるだろう。何か良くない事が起きそうな気がするのだ。ざらついた恐怖が追いかけてくる。
 
『お願い、輝くん、分かってよ……』

 声に出すことなく、花梨は悲しい気持ちで呟いたのだが……。輝は諦めなかった。

    ☆
 
 毎日、彼はメールを送ってくる。

(出会わないようにしなくちゃ……)

 花梨は大学の裏門から外に出ていた。いつまで、こんなふうに逃げ続けたらいいのだろうかと目を伏せていた。毎日、彼を避け続けたのだ。兄は、そんな花梨に協力するように車で送迎してくれている。一週間が過ぎようとしていた。

 輝からの連絡は来なくなった。花梨の心はポカンと穴が開いている。

 彼は諦めたのだろうか。ホッとすると同時に寂しかった。寂しさで自身が枯れてしまいそうになっている。

 失礼な態度を取り続けたならきっと相手も嫌になる。悲しいことだけれど、そうするしかないと思い込んでいたのだ。

    ☆
 
 久しぶりに花梨は電車で登校していた。今頃、兄は台湾旅行を楽しむ花梨の両親を成田まで送迎しているところだろう。
 
「あっ……」

 駅の正面出口の柱の脇に背の高い男の子が立っている。
 
 輝が待ち構えていたのだが、それは花梨にとっては予想外のことだった。慌てて顔を逸らし、そのまま逃げるようにして通り抜けようと試みたのだが、スッと素早く左の肘を掴まれていたのだ。
 
「なぁ、いつまで逃げるんだよ?」

 輝は、混じりけのない気持ちで、まっすぐに花梨の顔を見つめている。しかし、花梨は視線を逸らしていた。関わりを拒む態度のまま答える。
 
「そんなの決まっているじゃないの! あたしは、あなたが嫌いなのよ! もう関わりたくないの。本当にキライなの!」

 そう言うしかなかった。
 
「乱暴な人が苦手なの!」

 あなたを守るためには突き放すしかない! 哀しい気持ちで心も無い台詞を語るしかなくて、それは、焦りと不安と悲しみが混ぜこぜになり、喉を圧迫している。
 
「あ、あたしは、あなたみたいな人は苦手なの。お兄ちゃんも怒ってるよ。分かるでしょう? あたしの言っている意味……」

 ガラリと輝の瞳の色が変わっている。花梨の拒絶に傷ついている。雑踏の中、人々が花梨たちの脇を通り過ぎていく。