「巫寿さん、私は唯一あなたの存在を恐れていたんです。でも、大したことは無かったようですね」
光の灯らない瞳が私を見据える。
方賢さんは嬉しそうににこりと笑った。
「これなら、簡単に始末できそうだ」
殺意の籠った視線に、喉の奥がひゅっと鳴る。
頭の中が真っ白になった。
「犬な鞍掛けて 猫な其り引かち」
聞いた事のないリズムの祝詞が方賢さんによって紡がれる。
その声は怒りに震えるように太く低く、負の感情で満ちていた。
呪歌だとすぐに分かった。
なんで、どうして。どうしてこんなことになってしまったの?
何とかしなきゃ、この瘴気を祓わなきゃ。方賢さんを止めなきゃ。
でも祝詞は効かなかった。
じゃあどうしたらいい? 私に何が出来る?
「死旗押し立てて イラブドウかち────!」
「巫寿ちゃんあぶないッ!」
名前が呼ばれたと同時に強く背中を押された。
前のめりになって床の上に倒れこめば、すぐ隣からうめき声が聞こえる。
はっと振り返れば、来光くんが左肩を抑えて蹲っていた。
「来光くん……っ!」
「だ、大丈夫! 左腕だけで済んだ……っ! でもごめん、柏手が打てないから、これを貼るのは厳しいかも……っ」