方賢さんは目を閉じ胸の前で静かに手を合わせると短く息を吸った。

まるで金属を擦り合わせるような、黒板に爪を立てるような、ドリルで何かを削るような。とにかくその声は不快で顔を顰めて耳を塞いだ。

聞いたことのない言葉の羅列は、祝詞とは違ってまるで不協和音だった。


尋ねなくてもわかる、これは呪詞だ。


祝詞とは正反対の力を持つ、負の作用をもたらす詞。全身の細胞がその言葉から逃げようとしている。聞いているだけなのに体が芯から震えた。


最後の一語を唱えた瞬間、パンッと鳥居に貼られた御札の数枚がはじけた。紙切れになったそれは瘴気に吹き飛ばされてこちらに流れてくる。

その光景に言葉が出なかった。


小さく息を吐いて目を開けた方賢さん。眉間に皺を寄せて袂を探ると何かを取り出した。

長方形のその紙はまるで墨で塗りつぶされたかのように余すことなくどす黒い色に染まっている。


それには見覚えがあった。


「この御札、素晴らしいですね」


そうだ、それは来光くんが書宿の明で書いた厄除けの札だ。

嬉々先生に呪いをかけられていると思ったから、方賢さんを助けたくて用意したものだ。