「八十日日《やそかび》は有れども、今日の生日《いくひ》の足日《たるひ》に掛巻《かけまく》も畏《かしこ》き、須賀真八司尊《すがざねやつかのみこと》の大前《おおまえ》に畏み畏みも白《もう》さく」
初めて聞く、習ったことの無い祝詞だ。
胸の前で合わせた嘉正の手がぶるぶると震えている。
「かねてより大神の神徳《みいつ》を崇め尊び仕え奉らくを、見行《みそなわ》し給いて、大神の高き貴き御恩頼《みたまのふゆ》を以て、恤《あわれ》み給い慈しみ給いて、家内の親族《うからやから》は各《おの》も各《おの》も清き赤き真心に誘い導き給いて……日に異《け》に、勤しみ……励むッ、なりわ────」
ゲホッ、と激しく咳き込んだ嘉正くんはその場に膝をついて崩れるように廊下に倒れた。
目を見開いて駆け寄る。
「嘉正くん、嘉正くんッ!」
白い顔をした嘉正くんは息も浅く、肩を強く揺すってもぴくりとも動かない。
どうしよう……! どうしたらいいの?
さっきの祝詞を奏上すれば、この残穢は治まるの?
でも私はあの続きを知らない。
ろくに祝詞ひとつも奏上できなくて、覚えてる文言だって限られている。
この場で奏上する適切な祝詞も分からない、何の役にも立たない。
「ねえどうしよう泰紀くん、わ、私っ」
「落ち着け巫寿。残穢を吸い込まないように、口元を覆って小さく息してろ、な!」
に、と笑った泰紀くんは私の肩を強く叩くとみんなを庇うようにして鳥居の下にたった。
バシバシと音を立てる鳥居の護符たちは、今にも剥がれて敗れてしまいそうだ。
それが鳥居の奥にある何かを封じ込めているような気がした。