嘉正くんと二人で寮の外に出た。

晴れた空とやさしく吹く風が心地よい。10時を知らせる鐘が遠くで鳴り響く。驚いた鳥たちが、鎮守の森から慌てて飛び立った。

二人並んで、社頭へ続く道を歩く。


「空亡って妖のことは知ってる?」

「禄輪さんが、授力を持つ神職を無差別に食い殺したって……」

「そう。幽世の中で最恐最悪な妖。現世では魂を他の生き物に憑依させてこの現世に紛れ込んでいたんだ」

「どうして、他の生き物に取り憑くの……? 妖って、そのままの姿でも現世で過ごせるんだよね?」

「『百鬼夜行絵巻』は覚えてる?」


『百鬼夜行絵巻』は室町時代後期の絵巻物だ。妖生態学の授業で使っている教科書の一つで、さまざまな妖が行列を成している姿が描かれている。

初日のガイダンスの授業で絵巻物をざっと見たのを覚えている。



「百鬼夜行絵巻の一番最後に「夜が明け太陽が昇るとともに妖怪が去って行く」という場面があったよね。その太陽は太陽ではなく、本当は妖である空亡の姿なんだ」


絵巻物を思い出す。そこに描かれていた太陽は、闇と黒雲と炎をまとった巨大な球体だった。

妖たちは、それに背を向けて逃げるようにして描かれていた。それは朝日を嫌ってではなく、空亡から逃げていたということだったんだ。