【巫寿が危ない目に会いませんように。巫寿が怖いものを見ませんように。巫寿が楽しい一日を過ごせますように。】


「────っ、」

その文字をなぞった瞬間、大粒の涙が瞼を越えた。

そこに綴られたのは“行ってきますのおまじない”だった。


小さい頃から出かける時には必ず、お兄ちゃんが額を合わせてかけてくれたおまじないだ。

今から十年以上も前、物心着く前の私は、お兄ちゃんが言うには"少し敏感な子"だったらしい。

何となく覚えているのは、薄暗い路地や箪笥と壁の隙間みたいな場所の深い暗闇が怖くって、いつもお兄ちゃんにしがみついていた。暗闇の先に目玉があって、それがぎょろりと私を見つめているような気がすると。

でも、そんなのは気のせいだって分かってる。

けれど昔はそれが本当な気がして、小さい頃はわんわん泣きながらお兄ちゃんに抱っこをねだった。

"行ってきますのおまじない"はそんな時に、お兄ちゃんが私にかけてくれるようになったおまじないだった。