薫先生は「まあ見てなよ」とばかりに私にウィンクする。
そしてまた深く息を吸った。
「高天原《たかまのはら》に神留座《かみとどまりま》す、皇親《すめらがむつ》、神漏伎《かむろぎ》神漏美《かむろみ》の命《みこと》以《もち》て、八百万神等《やおよろずのかみたち》を神集《かむつどえ》に集へ給い、神議《かむはかり》に議《はか》り賜いて、我皇孫《わがすめみま》の命《みこと》は、豊葦原《とよあしはら》の水穂国《みずほのくに》を安国《やすくに》と平《たいら》けく、知所食《しろしめせ》と事依《ことよぎ》し奉《まつ》りき────」
長い祝詞を詰まりもせずに、まるで一息で歌うように読み上げる。
一体これは、なんという祝詞なのだろう。
やがて、薫先生はふう、と息を吐いた。
「────……神徳微大無量悉帰我《しんとくびだいむりょうしつきが》、稲荷大神《いなりのかみ》守《まもり》給え幸《さきわえ》給え、稲荷大神《いなりのかみ》守《まもり》給え幸《さきわえ》給え、稲荷大神《いなりのかみ》守《まもり》給え幸《さきわえ》給え」
稲荷大神……?
薫先生は崩した前合わせの内側から、紙の札を取り出して口に食む。そして胸の前でパン!とキレのいい音を立てて手を合わせた。
その瞬間、先生からぶらりと冷たい冷気が流れ出した気がした。
ぞわりと体中の毛が逆立つような感覚に、咄嗟に腕を抱きしめる。
薫先生は、合わせた指先がぶるぶると震え出すと目をかっと見開き笑った。
「あいつらを一人残らず捕まえろ」
呟くようにそう言った薫先生。
食んでいた紙の札が白く光り、次の瞬間方々に散った。